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ボンクラ360魂クロスカルチャーゲームブログ 

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【Gift of Parthax】ギフト・オブ・パーサックス

   ↑  2021/09/02 (木)  カテゴリー: XBOX ONE
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闘技場。そこは本来むくつけき筋肉ダルマたちが主役となる場所だが、時と世界が違えば頭脳労働者が放り込まれることもある。
アリフは魔法使い。
ゲームよっては後衛にふんぞり返って適当に火の玉でもぶん投げてりゃいい職業だが、いざ魔法が迫害されている世界だとそんな訳にはいきもしない。
捕らえられた彼はパーサックスという大魔道士が仕切る闘技場に放り込まれ、来る日も来る日も戦いに身を投じるハメになるのだった。
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『Gift of Parthax』は伝統的なスタイルの全方位型シューティングゲーム。
観客が見守る闘技場という舞台設定も『Smash TV』(の場合はTV局のスタジオだが)以来これまた全方位STGの伝統だが、周囲を囲まれたアリーナの設定はステージがほぼ一面に固定されているこの手のゲームにとって色々と方便がいいのかもしれない。
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ゲーム自体も群がるウェーブをひたすら引き撃ちで殲滅させる、本当にシンプルな全方位STGのそれなのだが、唯一フックとなっているのは、スペルブックで編集できる多彩な魔法の数々。
基本のファイヤーボールの他に、アイススパイク、ライトニング、メテオフレーム、使い魔召喚、バリアなど、一つのステージに最大4つまでの魔法を所持できるのだが、さらにこれらの魔法は複数のルーンの組み合わせによって、それぞれその威力や効果を細かく調整することができる。
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良く言えば素朴、悪く言えば単調なアリーナファイトに、魔法の組み合わせや微調整を色々と試して変化をもたらせる。
この辺は魔法ものの傑作アクションRPG『Magicka』なんかを彷彿とさせるのだけど、ぶっちゃけファイヤーボールに延焼のルーンを重ねがけするのが一番手っ取り早いゲームバランスの前には、この試みは成功しているとも言い難い。
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近年のアリーナ型全方位シューターは『Geometry Wars』のようにスタイリッシュなビジュアルインパクトで単調なゲーム性を補うタイプが多いけど、その点でもちょっと芋ったいドッド絵をベースにした本作は分が悪い。
実際のスピード感は他の全方位シューターと大きな違いはないのだろうが、このビジュアルは実際のスピード以上にもっさりとした印象を与えてしまうのだった。

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2021/09/02 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Aragami: Shadow Edition】荒神

   ↑  2021/09/05 (日)  カテゴリー: XBOX ONE
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人には朝型人間と夜型人間がいる。
ゲーマーは夜型が多そうな偏見があるが、本作のプレイアブルキャラクターであるアラガミも典型的な夜型だ。
なにせ闇の幽体である彼に命が宿るのは夜のうちだけ。やがて朝日が昇ればアラガミの体は雲散霧消してしまうのだから。
一夜限りの儚い存在。たった一晩だけに凝縮された影で繰り広げられる人知れずの戦い。この『Aragami』というステルスアクションゲームは、そんな宵闇の物悲しいペーソスに貫かれた一作だ。
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彼の儚い命を脅かすのは陽の光だけではない。
篝火、灯籠、そしてほのかな月明かりですらも。照らされるだけで光は容赦なくアラガミの体から霊力を奪っていくだろう。
影から影へと移ろい暗闇をエネルギーとする。
古いところでは『Theif』に『The Darkness』などゲームにはこの手の作品が多いが、主人公にとって敵となる灯りを消すことができた上記のゲームと違って、儚く脆いアラガミは光に対してアクティブな行動を取ることができない。
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そして敵となる光の軍勢。連中の放つ眩い刃に矢は、たったの一撃でアラガミをこの世から消滅させるだけの力を持っている。
しかしアラガミには光を避ける者ならではの特技がある。
範囲内に影になっている場所があれば、ワンボタンで彼はたちまちのうちにそこに瞬間移動(シャドウリープ)する。
そして常人以上にその影の中に身を溶け込ませ、人知れず気配を消してしまうのだ。
面と向かって相対してはとても太刀打ちできない敵たちだが、連中が光のあたらない場所にいれば、あっという間にシャドウリープで背後をとって、悲鳴すらあげさせないまま息の根を止めることができる。
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このシャドウリープを基本としたスピーディーな立ち回りを後押しするのが、セルシェーディングで描画されたメリハリの効いたグラフィックだ。
個性的な深みのある色遣いも相まって、光と影、二つの存在をくっきりと際立たせるビジュアルは、闇の幽体のたった一晩限りの闘争に、さらなる彩りをもたらしている。
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一つのステージに対して、侵入ルートは元より敵の始末の仕方、いや、それ以前に敵をスルーするか否かまで、プレイヤーごとに無限のタクティクスが存在するのはステルスアクションの妙味だが、『Aragami』は数々のスペシャルスキルが、このタクティクスにさらなる拡がりを与えてくれている。
飛び道具から探知能力まで、ゲームの進捗によって任意にアンロックできるスペシャルスキルのこれまた限りない組み合わせは、ステージの再プレイややり込みの大きな原動力となるだろう。
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舞台となるのは和製ゲームの西洋風中世ファンタジーと対になるような、日本や中国のざっくりとしたイメージが混在した東洋風ファンタジー世界。
忍者をイメージさせる外見をまとったアラガミは闇の中だけで生きられる化身。何度も言うけど儚く脆い存在だ。
そしてそんなアラガミのパーソナリティは、弱者がシチュエーションを利して強者に転ずるステルスアクションの特性にこれ以上はないくらいピタリとハマる。
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キビキビとした操作感にスピーディーな展開、絶妙のゲームバランス、そして自ら重厚長大を拒否したかのようなタイトなボリューム。
面白みの勘所が即座につかめる明快さで高い評価を獲得して9月には続編がリリース予定だが、トレーラーを見る限りでは、大きな特徴となっていた個性的なビジュアルが減退しちゃっているのが、ちょっぴり不安なところではある。
Xboxストアで現在販売されているShadow Editionは、スピンアウト作品である『Aragami Nightfall』が併録されているお得なパッケージとなっている。

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2021/09/05 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Twelve Minutes】デフォーが定時にやって来る

   ↑  2021/09/15 (水)  カテゴリー: XBOX Series X|S
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ウォルター・ヒルの1984年監督作品「ストリート・オブ・ファイヤー」。
マイケル・パレ演じる無頼の流れ者が、かつての恋人を拉致した暴走族と対決し、ヒロインを取り戻した後そのまま街を去ってゆく。
古典的な西部劇をそのまま現代社会に持ってきたシンプルなプロットの映画だが、これが幾多のマジックに包まれた奇跡のような傑作となった。
もう何十回と観たかもしれない、オレにとっても最上級のフェイバリットムービーだ。
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この映画で暴走族のリーダーを演じていたのが、若かりし頃のウィレム・デフォー。
悪役以外は巡ってきそうもない爬虫類顔。粘着質の演技。そして魚市場のあんちゃんみたいな突飛なファッション。
「ストリート・オブ・ファイヤー」は肝心のヒーロー&ヒロインよりも脇役陣の方が強い印象を残す映画であったが、その中でもデフォーのインパクトは群を抜いていた。
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それからもうこの一度観たら忘れられない顔を、幾度となくスクリーンで拝むこととなる。
「プラトーン」、奇才ジョン・ウォーターズの「クライ・ベイビー」「アメリカン・サイコ」「処刑人」そして「スパイダーマン」ではグリーン・ゴブリン役。
いずれも一筋縄ではいかない映画に強烈な役どころだ。
こうした癖の強い役者さんは実際には好人物と相場が決まっているが、しかしスクリーンを通してさんざん見てきた印象からすれば、少なくとも隣に住んでいて好ましい人物にはとても思えない。
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そのウィレム・デフォーが毎回決まった時間に必ず家を訪問してくる。
もうそれだけで『Twelve Minutes』のループする時間が、のっぴきならない世界であることが理解できるだろう。
ジェームズ・マカヴォイが声を演じる主人公。愛する妻と二人で暮らすアパートでデザート食ったりダンスしたりといい雰囲気になってるところに「ピンポーン」とやって来るのが刑事を名乗るウィレム・デフォー。
あの粘着声で勝手な言いがかりをつけた挙げ句、訳もわからないうちに主人公は殴り殺されてしまう。
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そして状況をまったく理解できないまま、なんの説明もなく戻されるのは家にちょうど帰宅した12分前の世界。
出迎えてくれる妻。デザート。ダンス。「ピンポーン」。デフォーまた来んのかよ! そして前回と同じ結末。
またもや戻される12分前。さすがに3回目ともなると厄災のようなデフォーの訪問が避けられないことは理解している。
「ピンポーン」。先手必勝。台所にあった包丁を掴んで不意をついて襲いかかってみたものの、考えてみりゃマカヴォイがデフォーに敵うわけがない。
あっさり殴り倒されて再び12分前の状況へ。
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敵意むき出しのウィレム・デフォーが必ず決まった時間にやって来る悪夢のようなループ世界。
これをどうにかしなきゃいけないことは分かってるんだけど、1LDKのアパートにシンプルライフを気取る夫婦。限られたほんの少しのオブジェクトと行動の組み合わせでなんとか事態の打開を目論むも、なかなか光明が見えてこない
もう来ることは分かりきってるんだから、先手を打っていきなり緊急ダイヤルに電話をかけてみた。
あ、もしもし! 大変なんです! ウィレム・デフォーが家に押し入ってこようとしてるんです!
「分かりました。到着まで15分ほどお待ち下さい」
15分じゃ間に合わねえんだよ、12分以内に来いよ! もう助けてマイケル・パレ!!
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永遠とも思われる時間のループ、永遠とも思われるルーチンの繰り返しを何度も重ねてるうちに、少しずつ明らかになる事の次第の輪郭。
そしてありとあらゆる試行錯誤の果てに、やっと迎えたハッピーエンド。デフォーも涙浮かべてお礼言いながら帰っていった。
これでやっと繰り返しの世界に終止符を打てた。さあ、スタッフロール、いつ流れてもいいですよ!
……なんてのはぬか喜び。エンドロールどころか、またもや放り出される12分前の世界。
あれで丸く収まったはずじゃねえのかよ! どうやったらこのループ世界から真に抜け出せるんだよ!
がっくりうなだれるマカヴォイと、同じくがっくりうなだれるオレ。ゲームの主人公とプレイヤーは、この上はない100%の感情シンクロナイゼーションを果たすのであった。
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インターフェイスや操作性、そしてあまりにも難解で不明瞭なフラグの立て方などが目につく『Twelve Minutes』は、ゲームとしてはかなり不親切な部類に入る。
そして何よりも同じシチュエーション、同じ行動が延々と繰り返されるゲームコンセプトは、その不親切さの最たるものだ。この部分で大きく評価を分ける作品だろう。
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だけど繰り返しの牢獄の中から手探りで既成事実を少しずつ動かし変えてゆく過程には静かなスリルが確かに存在する。
為すすべなく12分前に戻されて主人公が「一体どうしたらいいんだあ」と頭を抱えて崩れ落ちるとき、オレも同じように頭を抱えたくなりながら、そのうんざりとした気分の裏になんとも言えない楽しさを感じたりしたんだよね。

この記事に含まれるtag : アドベンチャーゲーム ミステリ 

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2021/09/15 | Comment (2) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【The Game of Life】人生ゲーム

   ↑  2021/09/17 (金)  カテゴリー: PS1
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人生ゲームの生みの親であるルーベン・クレマー氏が、今月の14日に99歳で大往生を遂げられたそうです。
私が初めてこの世界でも飛び抜けてポピュラーなボードゲームに出会ったのは、雨の日で外遊びを断念して籠もった友人の家です。
彼の家は大変物持ちがよく、その人生ゲームも彼が物心ついた頃からあったという由緒正しく古い物。
アート・リンクレターの写真が外箱にプリントされているやつです。恐らく数ある人生ゲームのバージョンの中でも、初代とかそこら辺の物だったのでしょうか。
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そのマス目に書かれたイベントは、直訳感丸出しで、その内容も私たちの知る生活とはまるでかけ離れたものばかり。
そんな異文化の息吹に満ちたイベントに触れるたびに、私たちは「モンテカルロなんか行かねえよ!」「ブタ箱入れられる伯父さんなんか居ねえよ!」「火星人なんかにご馳走するつもりはねえよ!」「そもそも羊飼ってねえよ!」などと、げらげら笑いながら大騒ぎするのでした。
そんな一方で心の中では「アメリカでは伯父さんがブタ箱に入れられたり、羊が隣のランを食っちゃうことが日常茶飯事なのかもしれない。なんて凄い国なんだ」という、ワケのわからない憧れが芽生えていたりしたのです。
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アメリカには本当に貧乏農場という施設があるんだと信じていた時期がありました。
見慣れないドル紙幣、仰々しい株券や保険証、そして禍々しい色をした約束手形。そんなアイテムの全てが目新しく、そしてそれらは異文化に対する憧れへの強烈なアクセントとなりました。
初期の人生ゲームをより鮮烈に魅力的なものにしていたのは、そんな我々のアメリカ文化に対する漠然とした憧れだったのでしょう。
私が生まれて初めて出逢った"洋ゲー"。それは紛れもなく人生ゲームだったのです。
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そんな人生ゲームもリニューアルを重ね、かつてはロールスロイスを買ったり、潜水して鯨を捕まえていたりしたマス目イベントも、いつしか我々の生活に身近な事柄に書き換えられていきました。
完全にジャパナイズされた人生ゲームは、バブルを象徴するようなバージョンから、今の不景気を反映したものと、この国の時代時代の世相に合わせて目まぐるしく生まれ変わり、それはそれでどれも非常に興味をそそられるものです。
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しかし私にとっての人生ゲームとは、やはり骨の髄までアメリカンなゲームに他なりません。
残念なことにビデオゲーム版に目を転じてみても、タカラから様々なハードでリリースされた各種人生ゲームは、そのいずれもがボードゲーム版以上にジャパナイズされた(しかも薄味な!)作品ばかり。
我々の知る人生ゲームを再び得るには、やはりアメリカからの直輸入ものに頼るしかありません。
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各機種満遍なくビデオゲーム版が登場している日本と違って、あちらではビデオゲーム化された人生ゲームは、思ったほど多くはありません。
特に家庭用機ゲームだと、その存在は数えるほど。その数少ないビデオゲーム版USA人生ゲームが、ハズブロー自らがリリースしたこのPS版です。
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その過剰なまでにくどいキャラクターや添加物満載菓子のようにけばけばしい盤面は、かつて私が漠然と抱いていたアメリカへの幻想を、まさに具体化したようなもの。
イベントマスに停まれば、そのくどいキャラによるベタベタのCGアニメーションが展開されます。
それに添えられた一文は、私の脳内で初期人生ゲーム風の直訳に変換され、そして「『タトゥー除去手術をする。10万ドルを払う』……いれてねえよ!」「『ノーベル"ケーキ"賞を受賞。30万ドルを貰う』……そんな賞ねえよ!」などと、子供の頃から何一つ進歩していないツッコミに終始するのでした。

<北米版 / 日本のPS本体では動作しません>

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2021/09/17 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【MYST】リメイク版ミスト

   ↑  2021/09/21 (火)  カテゴリー: XBOX Series X|S
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エルヴィスやビートルズは今の時代でも魅力を保っているし(ポップカルチャーとしての鮮度はまた別にして)、こと音楽で言えば数世紀前に誕生したクラシックも充分現役の存在だ。
しかしコンピュータテクノロジーのあまりにも性急な進化と密接な関係であったビデオゲームの場合は難しい。
わずか数十年前のゲームですらも、今となるとそのままの状態では経験者といえど、プレイアビリティや諸々の問題からなかなかスムーズに遊べたものではないだろう。非アーケード志向のゲームほど、この傾向はなおさら強くなる。
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レトロゲームのリイシューやアンソロジーも確かに盛んだが、あれは基本的に昔を懐かしむ人たち相手のビジネスだ。決して今のビデオゲームシーンの第一線ではない。
だがリメイクという形をとると話が違ってくる。それは進化に進化を重ねたシーンに現在進行系のゲームとして晒されることになるからだ。
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アドベンチャーゲームの歴史に残る名作『MYST』がリメイクされると聞いたとき、まず最初に頭をよぎったのは上記の理由から来る不安だった。
『MYST』が当時のゲームシーンにもたらした影響やイノベーションは、やはりあの時代であったからこその部分が大きく、そうした背景を抜きにしてしまうと、ささやかなボリューム、あまりにも難解過ぎる謎解き、不親切な導線、ストーリー性の欠如など、このゲームが持っていたマイナスな部分ばかりが目立ってしまうような気がしたからだ。
事実ゼロ年代あたりに携帯機各種でリイシューされた『MYST』は、いずれも凡庸な評価だったと記憶している。
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しかし今回はリイシューではなくリメイクという触れ込み。
MYST島の桟橋に放り出されたオレの前に広がる景色も、数十年のゲームの進化を経て途轍もなく細密さを増して綺麗になっている。
全体の風景や、この不思議な小島に点在する様々なオブジェクトのトータルデザインやアーキテクチャは、どれだけ時が経とうとちっとも古びていない。まるで古代遺跡のような普遍的な美しさがしっかりと存在している。
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だけどあの時にMYST島の風景に感じたインパクトにはやっぱり及ばない。
旧版『MYST』のスクリーンショットなんかをいま改めて見てみると、思っていた以上の質素さを感じてしまったりするけれど、当時はあれに度肝を抜かれるくらい驚かされた。
あのクラスのコンピュータグラフィックスは他にも存在したけど、それがゲームというインタラクティブで生きた世界となって展開するのは、やはり特別なことであった。
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『MYST』が衝撃的だったのは、それまで脈々と続いてきたグラフィカルアドベンチャーゲームの文法を断ち切った作品であったからだ。
ゆえに当時もこのゲームに対して否定的な評価は少なくなかった。曰く、絵が綺麗なだけ、ストーリー性がない、高尚っぽく装っている、ただパズルを解いてゆくだけ、なんか鼻につく、などなど。
ある意味それらの指摘はぜんぶ正しい。『MYST』が大好きなオレでさえも、なんか思わせぶりだけで構成されたようなゲームだなと思ったりもする。
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だがその"思わせぶり"をギュギュッと凝縮したような小さな小さな『MYST』の世界は、まるで磨き抜かれた盆栽のような魅力に満ちている。
回りくどい謎解きに辟易させられながらも、それでもこの狭い世界に身を浸してあちこちを巡る行為は途轍もなく気持ちよかった。
『MYST』はその後シリーズ化されるが、その続編はいずれも一定のクオリティは保ってはいるものの、やはり初代のとことんシェイプされて小世界の美しさには及んでいない。
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完全3DCG化され、その美しくもささやかな小世界を自在に巡れるようになったリメイク版『MYST』。
ウォーキングシミュレータなんて言葉が認知されつつある現在は、むしろこうしたタイプのゲームがストレートに受け入れられるキャパシティが、さらに広がっているのかもしれない。
新規のプレイヤーのリメイク版『MYST』に対する評価はちょっと気になるところではある。
だがそこでいかに程々の良作という評価を得られたとしても、例えるならセックス・ピストルズをいま初めて聴いた人が、時代的な革新性や衝撃を抜きにしてポップでノリのいいロックンロールとして受け入れてしまうような、老害チックのもどかしさをちょっぴり感じてしまうのであった。

この記事に含まれるtag : アドベンチャーゲーム 

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2021/09/21 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |