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ボンクラ360魂クロスカルチャーゲームブログ 

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【V-Rally 4】16年ぶりのカムバック

   ↑  2020/08/09 (日)  カテゴリー: XBOX ONE
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WRC(FIA世界ラリー選手権)をチェックするようになって、もう長いことになる、まぁ熱心とは言えないけどそれなりのファンではあるんですけど、色々な意味で見る目を変えさせてくれたのは10年前の日本開催のときです。
なんとなく慣れ親しんでいたり見覚えがある景色の中を、ラリーカーがとんでもないスピードでかっ飛んでゆく。
日常的な場所に非日常的なレースが闖入してくるその迫力は、まだ訪れたことのない遠い国の見知らぬ風景で行われているそれとは段違いのインパクトがありました。
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やはりラリーはおらが国で開催されてなんぼの競技。
今年は10年ぶりに日本での開催(愛知と岐阜)が予定されていたのですが、残念ながらcovid-19のあれやこれやで実現が危ぶまれている状態。
救いと言ってはなんですが、9月に発売予定のFIAオフィシャルゲーム『WRC9』には、その幻に終わりそうなラリージャパンのコースが収録される予定だそうです。
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既に20年近い歴史を誇る『WRC』シリーズと、やはり老舗の『Colin McRae Rally』の流れを汲むCodemastersの『Dirt』シリーズ。
ラリー系のゲームはこの二強が他を寄せ付けない状況になって久しいですが、かつてこの両横綱と並んで勢いがあったのが『V-Rally』シリーズ。
その展開は携帯機にまで及んでいたので、日本における知名度は両横綱に勝っていた時期もあったかもしれません。
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その『V-Rally』の名前をなんか久々に耳にしたのは2018年発売の『V-Rally 4』。
もはや懐かしさすら覚える響きに、このシリーズの前作っていつ出たんだっけ? とゲーム棚を遡ってみたら、出てきたのは長期に及んだXbox 360時代を通り越して初代Xbox版『V-Rally 3』。
中文タイトル(越野英雄)入りアジア版パッケージの存在自体に、もう涙が出てくるほどのノスタルジーすら感じるようになっていますが、とにかく16年ぶりの新作。下手なシリーズゲームなら20作ほどのナンバリングタイトルを出しそうなほどのブランクを経ての再登場となりました。
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しかしその16年の間に、かつてのライバルであった『WRC』や『Dirt』は脈々と進化のタスクを積み重ねて今に至ってるわけで、それらと伍するにはこの長すぎる空白期間はハンデと呼ぶことすら憚れるだけのものがあります。
そして案の定そのトータルの印象は前時代的な香り漂うものに。
車の操作性は確かにセンシティブではあるんだけど、『WRC』や『Dirt』ほどの説得力には及びませんん。
そしてビジュアルを始めとしてメニュー画面からBGMの選曲に至るまで、ラリーゲームの現在進行系からはちょっとズレた古臭さがどうしても感じられてしまいます。
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だけどそんなアンチモダーンなテイストに加えて、ラリークロスやヒルクライム、バギーレースなどを節操なく盛り込んだ雑種性が、『WRC』や『Dirt』との差別化に成功しているのもまた事実。
前世代機的な手応えさえ気にならなければ、ラリーゲームの現行二大シリーズとはまた違った路線のゲームとして充分楽しめるかもしれません。
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ラリーカーはおらが国を走ってなんぼ。『V-Rally 4』にもしっかりと日本コースが収録されています。
富士山の麓、ラベンダー畑と湖を望む峠道コース。
タイトなヘアピンが続きターマックとグラベルが混在するここは『V-Rally 4』の中でも屈指の難コースとなっています。
ただしその日本的な雰囲気の再現性は、かなり頑張ってはいるんだけど、富士五湖の中に鳥居が厳島神社風に浮かんでいたりとイマイチ詰めが甘いもの。
しかしそんなやはり前世代機的な詰めの甘さに対しても、こういうのがあってもそれはそれでいいんじゃないと思えてしまうのも、やはり長い年月をかけてしっかりと地位を定着させてきた二大シリーズの存在があればこそなんでしょうね。


この記事に含まれるtag : レーシング 

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2020/08/09 | Comment (2) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【レトロパチンコゲームセンター タンポポ】

   ↑  2020/08/19 (水)  カテゴリー: ノンセクション
地方都市の商店街はどこも大変な時代である。
ましてや"銀座通り"と名前が付いているような場所は、すでに昭和期の終わりくらいにその街のメインストリートから陥落してしまっているところがほとんどだ。
オレが馴染みのある街、東京の西の外れにある米軍横田基地に隣接した福生市も例外ではなく、青梅線に沿って南北に伸びるここの銀座商店街も、気づけばシャッターどころか駐車場と更地ばかりが目立つようになってしまった。
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戦後間もない頃から昭和50年代にかけて最盛を誇ったこの銀座通り。
栄えてる商店街の例に漏れず、ここにも商店街型のこぢんまりしたパチンコ屋がたくさん軒を連ねていた。
それだけならよくある話だが、福生銀座通りがスゴいのは、その戦後型商店街パチンコ屋が数軒、ほぼそのままの姿でつい最近まで営業を続けていたことだ。
銀座通りにあったパチンコ西川と立川ホール、通りからちょっと外れたところのタンポポ。
パチンコ店の郊外化、大店舗化の流れを向こうに、昭和の香りをそのまま残しながら生き残っていたこの三店だが、その末期は店に足を踏み入れるのも勇気がいるくらい客がほとんど入っておらず、2010年代に入って銀座通りの二軒が廃業してしまい、最後に残っていたタンポポもついに今年の春、その60年に渡る歴史に幕を下ろしてしまった。
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惜しまれつつ閉店してしまったタンポポの名を、これまでこの店とは縁もゆかりもなかったネット上で目にしたときは、さすがに驚いた。
Twitterでフォローしていたタレント兼レイヤーの神盃朱里さんが、8月の9日に福生のタンポポでお手伝いをする旨の告知ツイートだ。
タンポポってついこの間閉店したはずでは? いや、それ以前にオレの知る昭和の残存物みたいなタンポポとレイヤーさんの組み合わせがさっぱり結びつかず、これはオレの知らない世界線にある別のタンポポの話ではないかと戸惑ってしまったが、どうやら新たな店長さんによってゲームセンター形態で新規に開店することになったらしい。
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セミも鳴りを潜めるとんでもない猛暑の中、サンダルつっかけて汗をふきふきとりあえず様子を見に行ってみると、二度と開くことがないだろうと思っていたタンポポのシャッターが確かに開いている!
表の電飾サイン、店の内装、レイアウト、旧タンポポから一切がそのまんま。
違いといえばコロナ対策のあれやこれやと、入り口でお出迎えしてくれるメイド服姿の神盃じゅりにゃん。いや、それよりも一番の違いはお客さんの多さだ。
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システムは1000円で1時間、2000円で2時間、3000円で無制限の打ち放題。
自販機でいずれかのチケットを買って入店時間を記した首掛けプレートと交換。あとは好みの台を思うまま打つだけだ。
旧タンポポはビジュアルは昭和とは言え一応現在進行系のパチンコ屋だったから、中の台もそれなりに刷新されていたが、新タンポポはレトロパチンコゲーセンを旨としているので、ラインナップはすべて懐かしの機種ばかり。
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これまた懐かしい細長い形のドル箱を手にオレが向かったのは羽根物のコーナーだ。
すると並んでるわ並んでるわ、デジパチに一発台、オレがもっともパチンコを遊んでいた〇〇~大学時代にかけての懐かしの機種が。
ザ・トキオ、Mr.フォール、スペースマン、グリーンベレー、そしてビッグシューター。
この時代の羽根物機は、どれもピンボールの遠い親戚であることを確認させられるものばかりで、オレはギャンブルに留まらないゲームマシンとしての楽しさを、これらの台からびんびんに感じていた。
そう、あの時代のパチンコ屋はオレにとってゲームセンターと同様のゲームアミューズメント施設であったのだ。
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そんなことをぼんやり思いながら、決してゆるゆるではない絶妙な釘調整を施された台を打っていると(ザ・トキオなんかはあまりの出玉の多さに手近の空ドル箱が足りずパニクってしまった)お試し価格1000円の1時間はあっという間。
もうちょっと居ようかとも思ったけど、そこはふらりと来れる近場の商店街パチンコ屋の気軽さ。
またカジュアルに寄るつもりで、とりあえずこの消えゆく商店街に久々に新規オープンした店をいったん後にしたのであった。

ゲームセンター タンポポのWebサイトはコチラ
https://tanpopo777.com/

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2020/08/19 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |