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ボンクラ360魂クロスカルチャーゲームブログ 

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【Dying: Reborn】魚マスク男とパズル過多

   ↑  2020/07/07 (火)  カテゴリー: XBOX ONE
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フィクションの殺人鬼やサイコパスは、やっぱりまず見た目のインパクトがあってなんぼだ。
「悪魔のいけにえ」のレザーフェイス、「13日の金曜日」のジェイソン、「ハロウィン」のマイケル・マイヤーズ、「アクエリアス」のフクロウ男、「マニアック」のジョー・スピネル。
皮マスクにホッケーマスク、なんか素顔の人も紛れ込んでいるような気もするが、たとえハッタリであろうが照れ隠しであろうが、日常や社会性とは明らかにかけ離れたルックスを持つことは重要だ。
これが「ドリラーキラー」の殺人鬼のように、見るからに陰キャの普通の青年だったりすると、ごく一部の人の心にしか残らないハメになる。
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その線で行くとこのゲームの奇っ怪な魚マスク男なんかは、見た目で言う限りは100点満点だろう。
そんな(比喩的な意味ではなく)生臭そうなサイコパスに気づかぬうちに連れてこられたのは、海辺の斜陽観光地にある廃ホステル。
自らナビゲーターと称する魚マスク男の監視の中、監禁された一室からの脱出と、行動を共にしていたと思しき女性の捜索を目指す、まずはつかみは充分OKなホラーパズルADV『Dying: Reborn』。
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アドベンチャーゲームにパズルゲーム的な要素が不可分となったのは、いつ頃からだろうか。
思い当たるのは『MYST』や『The 11th Hour』といったクラシックタイトルだが、このパズル解きによるフラグ立ての連続を漠然としたストーリーで繋いだスタイルは、母屋のアドベンチャーゲームがどんどん店子であったパズルゲームに侵食されながら、いつしか一定のジャンルを築き上げていた。
いわゆる脱出ゲームや、モバイルデバイスを中心に一大勢力を築き上げているArtifex Mundiの一連のゲームなんかも、その流れに含まれるだろう。
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このパズル部分とストーリー要素の比重というのが個人的にはちょっと気になる部分で、あまりにもあからさまで取ってつけたようなパズルが連続したりすると、オレの場合はストーリーへの没入感が大きく損なわれてしまったりする。
これが脱出ゲームやArtifex Mundi作品みたいに、完全にパズルが主でストーリーが従の関係になっていれば、むしろパズルゲームだと割り切ってしまえるのだが、困るのはこの『Dying: Reborn』みたいに比重が曖昧な作品だ。
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必然性の感じられないパズルの連続に加えて、いにしえのアドベンチャーゲームを想起させる、"風が吹いたら桶屋が儲かる"方式の手の込みすぎたフラグ立て。
そしてそれ以上に興を削がれるのが、素っ頓狂で状況説明のモノローグが過多の、まるでゲーム実況みたいに辟易させられる主人公ボイス。
廃ホステルという舞台や奇っ怪な魚マスク男、そしておどろおどろしいプロップなど、せっかくの雰囲気満点の要素も、それらのマイナス部分にものの見事に相殺されてしまった。
ちょっと雰囲気のある脱出ゲームと割り切れればプライス分は楽しめるかもしれないけど、パッケージデザインなどからホラーADVを期待した身としては、ちょっと肩透かしな内容だったな。

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【目となる者(The Witness)】心地よきパズルの島

   ↑  2020/07/09 (木)  カテゴリー: XBOX ONE
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パズルとADVのボーダーが曖昧なゲームというと、まず思い浮かぶのが往年の名作『MYST』だが、「これはアドベンチャーゲームではなくただのパズルだろ」なんて評価は当時でも少なくなかったと記憶している。
だけどオレはこのゲームに関してはパズル云々ってのを、それほど強く意識しなかった。執拗に作り込まれた小世界の中を彷徨う快感が何よりも先にあって、数多の複雑なパズルはそれを先に進めるための導線と捉えていたからであろう。
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その『MYST』から大きな影響を受けたと思しき『目となる者(The Witness)』。
ゼロ年代末に高評価を受けたアクションパズルゲーム『Braid』の制作者ジョナサン・ブロウの手による作品だ。
プレイヤーがなんの説明もなしに放り出されるのは一つの島。
周りにあるのは美しい風景と活動の気配がない人工建造物、物言わぬ石像たち。
そして何よりも目を引くのはケーブルに接続されたパズルボードの数々。
普通この手のゲームでは登場するパズルに様々なバリエーションを設けて変化をもたらすものだが、本作はすべて始点から終点を一筆書きで繋げるタイプで統一されている。
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この一筆書きパズル、最初のうちは一直線に繋ぐシンプルなものだが、次第にその法則性がどんどん複雑になってゆく。
中には周りの景色や物音なんかに法則性のヒントが隠されているものがあったりして、丸一日停滞して頭を悩ますことになるなんてのもザラだ。
これだけならば延々と一筆書きだけを繰り返すパズルゲームとなるところだが、やはりオレにとってはこのゲームも『MYST』同様に、その世界に身を浸す心地よさが何よりも先に立つゲームなのであった。
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パズルボードから目を離して周囲を見渡せば、そこには一面ジオラマチックな質感の美しい風景。
しばしパズルのことなんか忘れて辺りをぼんやりと散策してみるのもいいかもしれない。
そんなゲームの攻略にはこれっぽっちも寄与しない徘徊も、どことなくお気に入りの公園をぼんやりと散歩する気持ちよさに共通した感覚があったりする。
そして頭をろくすっぽ使わずぼーっとしているうちに、詰まっているパズルのポイントが思いもかけず閃いたり、あるいは漠然と眺めている景色の中に思わぬヒントを見出したりするのだ。
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この日曜の犬連れ公園散歩みたいなとりとめのない散策と、とにかく頭を研ぎ澄ませなければならない、シンプルだけど歯ごたえ抜群なパズルのバランスがとても秀逸で、違和感なくひとつの器に収まっている。
『MYST』の大仰な世界とはまた一味違う豊穣でありながら整然とした小宇宙は、いささか大袈裟だけと茶室や枯山水の庭なんかに繋がるものを感じたりした。
決して万人に向けたゲームではないし、その難解過ぎるパズルは時として辟易する瞬間があったりもしたけど、この『目となる者(The Witness)』をプレイしている間、オレは他のゲームにはない無二の心地よさにおおむね包まれていた。
ビデオゲームならではの、その世界との一体感を強く感じられる、とてもステキなゲームだと思う。

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2020/07/09 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Dead Island Definitive Collection】地獄のソーシャルディスタンス

   ↑  2020/07/12 (日)  カテゴリー: XBOX ONE
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いよいよやって来た夏!
しかし長いこと生きてきて、ここまで気分が晴れない夏というのも他にはない。
梅雨前線はいつまでもぐずぐずと停滞し、そして再び都内で感染拡大の予兆を見せているCOVID-19。
海も、フェスも、野球場も、花火も、お祭りも望めない夏が、ここまで気の乗らない季節であったとは。
せめてサマーリゾートをゲームの中だけでもと約10年ぶりに訪れたのは、南太平洋のリゾートアイランド、バノイ島。
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ここではコロナの脅威とは無縁だ。ビーチに繰り出した人々は大いに浮かれ、夏の日差しに火照ったお姉ちゃんたちは、向こうから全力ダッシュで積極的に濃厚接触を求めてくる。
灼熱の太陽、青い海、白い砂浜、この世の楽園とはまさにこのことか。
もっともこのリゾートアイランド、コロナどころではない感染症が島中に蔓延しちゃっているのが玉に瑕なのだが……。
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ゾンビとはゲームプレイヤーが何の憚りもなく嗜虐的な暴力行為を振るえる大義名分を持った便利な存在。
その特性を生かしゼロ年代末から10年代にかけて、それまでのホラーの体裁すら放棄したゾンビ大殺戮ゲームが続々と登場したが、そんな悪趣味極まりない一連のゲームの中でも『Dead Island』は飛び抜けてバッドテイスト度が高い作品だった。
メインウエポンとなるのは銃ではなく鈍器や刃物。
シューティングというお題目に収まる銃撃と違って、撲殺や斬殺はゲームの中とは言え、そしていかに相手がゾンビとは言え、それなりに嫌な手応えを残す行為だ。
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そして『Dead Island』の斬撃は、『ソウルキャリバー』や『鬼武者』、さらに同じ悪趣味ゾンビ殺戮ゲーである『Dead Rising』にも辛うじてあったチャンバラ的スパスパ感とは無縁。
さらにタチの悪いことに四肢切断をゲームシステムに臆面もなく盛り込んでいる。
そこらに落ちている頻度が高い刃物はナタやマチェーテ、消化斧なんて類のもんばっかだ。それを振りかぶって間合いを取り、ゾンビの肩口めがけてずっばーんずぶずぶずぶ(決してすっぱーんなんて軽快な切れ味ではない)。
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返す刀で今度は反対側の腕をずっばーんずぶずぶずぶ。両腕を失ってもこっちに迫ることをやめないゾンビ。ああ、じゃあ今度は脚だ脚!
例えバーチャルとは言えこんなことばかり繰り返していたら、人間として確実にダメになっていく。
そして人をダメにすることがソファーとリゾートの役目ならば、このバノイ島は極上のリゾートアイランドってことだ。
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これ見よがしな残虐描写、救いのない展開、貧乏人蔑視、原住民差別など、これでもかと盛り込まれているバッドテイストは、映画に置き換えるとルチオ・フルチ作品などに共通するものがある。
そして南の島とゾンビの組み合わせときたら、暑さでたっぷりと腐乱しまくったゾンビが大挙登場の「サンゲリア」だ。
『Dead Island』に出てくるゾンビも南国だけに、他のゾンビゲーム以上に腐乱度が高そうなイメージだ。
ただでさえ薄着の上に灼熱の太陽で焦がされまくった動く腐肉。それがこの現世代機向けリマスターバージョン『Dead Island Definitive Collection』では、より鮮明になって勢いよく濃厚接触を図ってくる。
突き放すために繰り出すYボタンキックと共に思わず出てくるのは「ソーシャルディスターーーーンス!」の絶叫だ。
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地獄と化したリゾートビーチ、貧民街、ジャングル、そしてラストの刑務所と、バッドテイスト系映画の舞台をつまみ食いしたかのような章立ても念が入っている。
発売された2011年当時ですら、その辟易するほどの品の悪さは際立っていたが、THQの倒産と共にそのまま過去のものになるかと思ったら、IPを買い上げられてこうしてしれっとカムバック。
気になるのは頓挫したかに思えた続編『Dead Island 2』だが、こちらもプロジェクト継続中の噂が一部であったりして、そのうちこれまたしれっと姿を表したりするかもしれない。

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2020/07/12 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Dead Island Retro Revenge】レトロに非ず

   ↑  2020/07/15 (水)  カテゴリー: XBOX ONE
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古手のゲームマニアは比較的新しい機種だと思いこんでそうなドリームキャストですら、いまや20年前のハード。
言葉そのものの意味で言えばドリキャスや、さらにはPS2のゲームですらもレトロゲームの範疇に入ってきそうだが、しかしこのレトロゲームって言葉、音楽のオールディーズと同じように、本来の語意を離れてある一時代のゲームを指す言葉として定着した節がある。
平たく言うとファミコンやスーパーファミコン、そしてそれらと同時代ハードのゲーム群だ。
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レトロゲームの大きなファクターとなるのはブラウン管テレビ。
近年の現世代機向け復刻レゲーものには、擬似的なブラウン管テレビモードを実装しているものが多いが、逆に言えばブラウン管っぽいのビジュアルを纏えば、とりあえずはレトロゲーム的な雰囲気を装えちゃうわけで、この『Dead Island Retro Revenge』は、まさにそんな安易なレトロゲーム風作品。
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むさ苦しい男が悪人たちに連れ去られた愛猫を救うべく、ゾンビハザードに侵された街の中をゾンビや兵士たちをなぎ倒しながら左から右へ。
いわゆるベルトスクロールアクション(Beat-em-ups)はスーパーファミコン時代に一世を風靡したジャンルで、ゾンビものでは「ナイトスラッシャーズ」なんてアーケードのカルト作を生み出したりもしている。
『Dead Island Retro Revenge』も、16bit風の装いやその見た目から、当然誰しもがベルトスクロールアクション系のゲームだと思いこむところだろう。
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ところがゲームを始めるといきなり「話が違う!」と驚かされるのが、勝手に右方向に走り出すプレイヤーキャラ。
そう、この『Dead Island Retro Revenge』は、一見『ファイナルファイト』風のベルトスクロールアクション、その実態は近年のスマホ系の形態であるランゲームと、完全に看板に偽りありのなんちゃってレトロ風ゲームなのであった。
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元々は『Dead Island Definitive Collection』のオマケとして付けられていた作品だから、その時点では「まぁ添え物だからな……」と不承不承納得もできたが、その後改めて単体でストアで販売されているとなると話は別だ。
ブラウン管を模した見た目以外は何一つレトロ要素のない自称レトロ。ついでに言うとゾンビが出てくること以外は『Dead Island』っぽさもカケラも無い、二重の意味で「話が違う」なゲームである。

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【Dead Rising 4】凋落の第4作目

   ↑  2020/07/18 (土)  カテゴリー: XBOX ONE
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ゾンビが出てくるゲームが溢れかえっている昨今だが、そのゾンビゲーム史の中でターニングポイントとなったのは、やはり『デッドライジング』(Dead Rising)であろう。
もう発売された2006年を年表上のビフォアーアフターの区切りにしてもいいほどだ。
『デッドライジング』のなにがエポックだったかというと、いまのゾンビゲームになくてはならないファクターとなっている"ゾンビは物量"という概念を確立させたことだ。
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無数のゾンビで溢れかえったショッピングモール。そこにぽつんと放り出された主人公。
ゾンビ映画を観て育ったあんぽんたんなら一度は夢見たシチュエーションを、当時の最新鋭機のパワーで余すことなく再現させた。
そして『デッドライジング』の偉大なところは、それまでのゾンビゲームが建前としていたホラーという体裁を、臆面もなくうっちゃったことだ。
自ら名乗ったジャンル名はゾンビパラダイス。後腐れなく遊び相手にできる幾千幾万のゾンビたちと、思うがまま振る舞えるショッピングモール。これ以上はない悦楽の二重奏だ。
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この『デッドライジング』とマルチプレイTPSとして一斉を風靡した『ロストプラネット』。世界に通用するIPを一から創り上げたゼロ年代のカプコンはホントに凄かった。この時代の先頭を走るメーカーだった。
しかしカプコンはせっかくのオリジナルIPを瞬く間に使い潰してしまう。
『ロストプラネット』シリーズのあっという間の凋落には多くの雪賊たちが涙した。
そして『デッドライジング』シリーズも、ロスプラほどの急落ではないものの、やはり下降線の一途からは逃れられなかった。
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第1作の発売から奇しくも10年目となった『Dead Rising 4』の舞台は初代と同じコロラド州の田舎町ウィラメッテ。
そして舞台と同様、正規なナンバリングタイトルの主人公として久方ぶりにカムバックしてきたのは、我らがフランク・ウエスト。
原点に帰ったと言えば聞こえがいいかもしれないが、しかしこれは2、3、そして外伝タイトルで重ねてきた手を変え品を変えての再生産のネタにいよいよ詰まってしまった証みたいなもの。
最初に放り出されるショッピングモールもスケール感に乏しくて(初代がイオンモールなら4のそれはせいぜいザ・ビッグ)、そこらをうろうろするだけで楽しかった初代デッドラのワクワク感には到底及んでいないことを、のっけから思い知らされる。
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ストーリーを進めるうちに主人公の行動範囲はショッピングモールから、それを取り囲む街へと拡大してゆくのだが、この街ステージとて『Dead Rising 3』のあからさまな縮小再生産。
そしてデッドラシリーズではお馴染みの存在である"狂気の生存者"サイコたちの扱いも、おざなりって言葉の見本みたいな、その場限りの間に合わせっぷりだ。
だいたい主人公のフランク・ウエストからして、フランク・ウエストのパロディというか二次創作みたいな明らかに「これちょっと違う……」なキャラクターになっていたりするのだから、その他の登場人物の終始一貫していない破綻したキャラクター付けは言うに及ばずだろう。
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いささか乱暴な例えになるけど、曲りなりにもロメロ~サム・ライミ~ポール・W・S・アンダーソンと繋いできた映画シリーズのバトンを、いきなりウーヴェ・ボルに渡してしまったような作品。
この凋落ぶりを目の当たりにしてしまうと、再生産の繰り返しと揶揄されながらも、常に一定レベルのゲームを提供し続けているUBIの各AAAタイトルは、あれはあれで大したことなのだと認識してしまう。
次世代機の登場を前にして、果たしてこのエポックなシリーズが復権する余地は残されているのだろうか。
救いとなるのは投げっぱなしってレベルを通り越して、なんの説明にもなっておらず、逆に今後どう解釈しても筋は立ちそうなエンディングくらいのものであろうか。

この記事に含まれるtag : オープンワールド ゾンビ 

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2020/07/18 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |