- 【Stoked】偽富士山から見るご来光 [2012/01/01]
- 【The Elder Scrolls V: Skyrim】厄除けは九大神の神殿で [2012/01/03]
- 【超最速! 族車キングBU(ぼああっぷ) ~仏恥義理伝説2~】 [2012/01/04]
- 【Vigilante 8: Arcade】70年代武装カー戦争 [2012/01/05]
- 【ビジランテ】ビジランティズムは80年代の香り [2012/01/06]
total 5 pages 次のページ →

一富士、二鷹、三茄子。富士は日本一の山。日本人と生まれたからには、やはり一度は、あの日本を象徴する山の上から、初日の出を拝んでみたいものです。
だけど、富士の麓で登山準備をしている人々に向かって、「で、どいつが俺様を山頂までおぶって運んでくれるんだ?」と問いかけても、誰も知らんぷりを決め込むこんな冷たい世の中では、そんな夢を叶えるのも、なかなか難しいのです。
しかし、富士山が登場して昼夜の変化があるゲームならば、富士山頂からのご来光を拝むことも、容易いではありませんか。
ラッセルが日本版を発売したOnly On XBOX360タイトルである『Stoked』。正直言って個人的には全くピンと来なかったゲームですが、それをわざわざ手元に置いて寝かせておいたのは、こんな新年の時のためではないですか。

ほぼ同時期に登場し、"一つの山を自由に滑走できる"という表面的なコンセプトが共通していたことから、『Shaun White Snowboarding』とこの『Stoked』は、何かと比較されました。
しかしこの2作品のコンセプトは、根本的から全く異なるもの。両者に共通しているのは、スノーボードを題材にしているということくらいしかありません。
丹念にロケーションが施されたオープンワールドのゲレンデを、自由気ままにフリーライドを楽しむ『Shaun White Snowboarding』に対して、EAスポーツ『スケート』の操作システムを、ほぼそのまま継承したこの『Stoked』は、トライアル&エラーを繰り返す細かいトリックチャレンジを連続して繋いだゲーム。「山を上から下まで自由に滑れる」というセールス文句は、実は建前でしかないのです。

この『Stoked』は基本的に、プロのスノーボーダーやトリックの名前などを熟知した、プロスノーボーダー予備軍みたいな人を対象にした、非常に門の狭いソフト。
私だって一応はスノボ経験者のはしくれですが、プロスノーボーダーは、ショーン・ホワイトと、今井メロと、記者会見で態度の悪かったおかしな髪型の人くらいしか知りませんし、ゲレンデに出ても、ジャンプしてくるくる回ろうなんて大それた試みなど、考えたこともありません。
そんな私に対してこのゲームは「50:50 Slide & Stalefish Tuckknee Tweaked」なんて暗号みたいなトリックの実行を、なんの補助も解説もなしに、いきなり要求してくるのです。
入力指示ガイドとか、「ジャンプ中に左手でボードの後ろを掴む技です」なんてガイドも一切なし。
いきなり「50:50 Slide & Stalefish Tuckknee Tweaked」。分かるか、そんなもん!

この時点で私は、「ああ、これは私なんかが手を出しちゃいけなかったソフトなんだ。大人しく『Shaun White Snowboarding』で、のんべんだらりと滑っていよう」と悟り、このゲームを棚の奥深くにしまい込んでいたのですが、それが再び陽を見るときがやってきました。
何せ富士の山頂に立てるゲームなんて、これくらいしか思いつきませんから!
……ああ、しかし。これはしょせんジャンプしてくるくる回って空中で奇矯なポーズを取ること以外には、他に何も目に入らない人たちに向けたソフトでした。
ヘリコプターが富士の上空に達した時点で、このゲームの「実在の山をモデルに再現した!」というキャッチコピーが、嘘っぱちであることに、早くも気付いてしまうでしょう。
なんだよ、この見たこともねえ山はよ! つうか、このゲーム作った連中、実は富士山の写真すら見てねえだろ!

そんなインチキ丸出しな"自称富士山"の山頂ではあるが、それでも明け方にここに立てば、初日の出を拝むことができます。
あいにくと雪混じりの悪天候。肝心のご来光も、雲に隠れた薄ぼんやりとしたものでしたが、富士山頂まで私をおぶって連れてってくれる人間が見つからない現在、これで我慢するしかありません。
後は麓まで滑り降りるだけです。嫌と言うほどあるトリックチャレンジポイントは、勿論全部無視です。だからいきなり「Melon Boned!」なんて言われたって分かんないっつうの!

途中に神社があったので、ついでに初詣を済ませようと思ったのですが、ここは鳥居に「合気道」の文字が躍る、いかにもインチキ臭い神社でした。
境内らしき場所に吊された絵馬には、「古天」、「水明」、「山秀」なんて意味不明な文字が並んでいます。
しかもこのインチキ臭い神社。この自称富士山のあちこちに、ランダムに近い形で散在しています。
この使い回しの神社一つで、日本らしい雰囲気を取り繕うというのでしょう。なんか15年前くらいのスノボゲームを見るかのような、アバウトな仕事っぷりです。

比較したくはないけどな、『Shaun White Snowboarding』に日本ゲレンデなんかは、それこそレストハウスの看板や、リフトの料金表に至るまで、細かく緻密に作り込んであんだよ!
こういった部分に限らず、『Stoked』の山の作り込みは、ホント雑で平坦で、とにかく滑っていて魅力を全く感じられないのです。
こんなことなら大人しく、例年通り『Shaun White Snowboarding』で新年を過ごせばよかった。あっちに天候変化の要素があれば、言うことは無かったんだけどなあ。
この記事に含まれるtag : スノボ
(記事編集) https://bonkura360.blog.fc2.com/blog-entry-1421.html
2012/01/01 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |
『ねずみくす』、『ザ・ホード』、『クイズスクランブル スペシャル』、『ラビッツ・パーティー TV Party』と、当ブログでは正月を迎える度に、今年の干支ゲームを選出してきた。
中には寅年のように、候補が少なすぎて選定に困る年もあったりしたが(今更だが、『阪神タイガースDS』という手があった。ちくしょう)、今年に限っては、そんな心配は無用である。
何せドラゴンが主役級のゲームなど、ごまんとある。ちょっと古めの微妙なプロ野球ゲームを取りあげて、「この年の中日ドラゴンズには、ディステファーノという、血の気の多いヤクザみたいな大変困った男が居ましたね」などと、ゲームと全然関係ない話をしてお茶を濁す必要など全く無いのだ。

そしてこの世に溢れかえっている"ドラゴンゲーム"の中から、一本を絞るのも、とても容易いことだ。
何せ今の俺は、ドラゴンボーンに人生真っ只中。年の暮れから年始までを、ずっと竜の血脈を継ぐ者として過ごしてきたではないか。
スカイリム、なんとタイムリーなゲームであろうか。
初詣は現実でも、ゲームの中(UO神社や『Stoked』のインチキ臭い神社)でも済ませてきたが、ここはやはり神道や天台宗のみならず、タムリエル九大神のほうでも、きちんと初詣を済ませておくべきではないだろうか。
もっともタムリエル大陸に初詣の習慣があるのかどうかは、定かではないが。

アカトシュ、アーケイ、ゼニタール、タロス、ディベラ、キナレス、スタンデール、マーラ、ジュリアノス。
エルダースクロールズシリーズでは、毎度お馴染みの神様たち。中でもこのスカイリムでは、ノルドの人々たちが深く傾倒しながらも、、帝国によってその信仰を禁じられているタロスは、大きな鍵を握る神様だ。
その総本山は、やはり帝国に反旗を翻すストームクローク軍の本拠、ウィンドヘルムにある大きな聖堂だろう。
タロスの祝福は、シャウトの充填時間を20%短縮するもの。このシャウトはドラゴンボーンの血を証明する、スカイリムでもっとも重要な技であり、その使い勝手も抜群だったりするのだが、あいにくと盗賊稼業まっしぐらの俺には、ありがた迷惑な特技でもある。そこら中で大声出して回る泥棒がどこに居るか!

そんな俺にとっては一番無縁であるタロスの聖堂を後にして、次に向かうはホワイトランにあるキナレスの聖堂。
自然を司る神様キナレス。そのキナレス詣でのメインは聖堂ではなく、その横にあるギルダーグリーンの聖木だろう。
なにせ枯れて朽ちるのを待つばかりだったこの木に、再び生気が戻るようになったのは、俺の功績によるものが殆どだ。
その時に巻き添えを食った2人のナチュラリストを追悼するためにも、この木の前では厳粛な気持ちで手を合わせようではないか。
ホントごめんねえ。まさかあんなことになるとは。

この木の横には、年中無休で昼間中、宗教演説をぶちかましている親爺がいて、迷惑なことこの上ないのだが、この街をドラゴンが襲撃したときも、こいつだけは平然と通常営業していた様を見て、何か言ったところで絶対ムダだと諦めている。
次に向かうのは西の外れマルカルス。ここには美の神様ディベラの聖堂がある。
ハングオーバー騒ぎのときに、色々と迷惑をかけた場所なので、ちょっぴり顔を出しにくくもあるが、そこは右スティックを押し込んでこそこそとやり過ごそう。

ここの奥の院は、普段は男子立ち入り禁止の聖域なのだが、今日は俺自身の許可を貰って、特別に入れることになった。ちょっと勝手に失礼しまーす。
そんな勿体ぶった場所なので、中はさぞや鈴木則文監督の「聖獣学園」みたいなことになってるのかと思いきや、期待に反してみんな黙々とお祈りを繰り返しているだけだった。
期待はずれで軽くむかついたので、行きがけの駄賃に、この大切そうな神像ちょと貰って行きますね-。ありあとしたー。

次は順番から言ったら、リフテンにあるマーラ聖堂だが、この街は今の俺がちょっと顔を出したら、即御用となりそうな可能性もあるので(殺意は否認します。弓の試し打ちの射線に、あの衛兵が勝手に入ってきただけなんです!)、今回は諦めて締めとしてソリチュードの神々の聖堂へ。
ここはタロス以外の全神様を祀っている、コンビニエンスストアみたいな聖堂。ここに来ればほとんどの神様へのお祈りが済んでしまうので、言わば八大神信仰の総本山と言える所だが、神殿の一番奥に、各神様の祠がずらりと並んだ「どの神様にします?」状態の様子は、まるでファッションヘルスの出勤表みたいで、あんまりありがたいもんではない。

このスカイリムで一番影の薄い神様は、商売の神様ゼニタールだ。
狡っ辛いことを嫌うノルド人の気風と、この神様の相性はかなり悪いらしく、この地のどこかには、打ち壊されたゼニタールの祠なんかもあったりする。
スカイリムの各地には、他にも朽ちた祠や、洞くつの中などに築かれた急ごしらえのセルフ祠なんかもあったりするので、それらを回ってみるのも、どことなく秘湯巡りみたいで、ちょっぴり楽しいかもしれない。
この記事に含まれるtag : エルダースクロールズ 干支ゲー
(記事編集) https://bonkura360.blog.fc2.com/blog-entry-1425.html
2012/01/03 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |
「八王子インターの料金所を突破して、富士の裾野からご来光を拝むんじゃい!」
元旦の風物詩であった初日の出暴走も、警察の徹底した取り締まり強化、そして何よりも族自体の高齢化とそれに伴う衰退によって、年々その規模を縮小。今年に至っては、地方で散発的に二、三人が検挙された程度に留まる体たらくとなりました。
街の中などでも、マフラーを外したバイクの二ケツ走行や、馬鹿と紙一重の改造を施した族車を見ることも、もはや希です。
そんな消えつつある、古き良くない日本文化。それを偲べるのがゲームの中だけになるのも、そう遠くないことかもしれません。

だからこそ族車ゲームというのは、もっと気合いを入れて作っていただきたいところですが、あいにくとその数少ない族車ゲームにして、その草分けでもある『最速!族車キング ~仏恥義理伝説~』は、デッパやサイドステップの改造すらも満足に行えない、「チャンプロードとの提携!」の言葉も虚しい、上っ面だけの族車ゲームに留まってしまっていました。
その族車キングが、前作の反省も踏まえて仕切り直し。改造パーツが倍以上の数に増え、カラーリングの自由度も増し、さらにはレース一辺倒だったゲームモードに、新たにチキンレースや神風ジャンプ競争などのミニゲームが追加。

そしてそのメインモードには、襲来する外車ゾク軍団を、ケンメリやセドグロ、セルシオなどで迎え撃つ、「夷狄を族車で打ち払う」という大義名分が加わったのです。
そのついでと言ってはなんですか、お値段も上がりました。前作の2000円に対して、その倍以上の価格となる税込み5040円。おい、ちょっと待て、なんだそりゃ!?

レースゲームというのは、センスや技術、蓄積された経験、そしてそれにかけた予算やリソースというものが、如実に表れるジャンルです。
そして前作『最速!族車キング ~仏恥義理伝説~』のレースゲーム部分は、技術も予算もリリースも、なんも無いことがはっきりと伺える、レースゲームと名乗るのもおこがましいレベルのものでした。
だけどユーザーは、その部分については、「まぁ2000円だから仕方がない」と、諦め半分で目を瞑っていたのです。
しかし、いざフルプライスで売ろうとするのならば、そんな心優しいフィルターは一切かかりません。
それなのに、前作と全く同じレベルのシロモノを、フルプライスでも堂々とまかり通そうとする、この面の皮の厚さは一体なにごとでしょうか。

話はちょっと脱線しますが、D3パブリッシャーは、『地球防衛軍3』や、『お姉チャンバラ vorteX』や、『Earth Defense Force: Insect Armageddon』など、バリューレベルのゲームを、堂々と一般価格帯で売り通そうとするマネを、今でも平然と行っています。
今や、XBLAやSteamなどで2000円出せば、かなりのレベルのゲームが手に入るご時世です。そんなSimpleシリーズの大義名分すら成り立たなくなっている現在に、いつまでそんなPS2バブルの時代を引きずった時代錯誤なことをしているんでしょうか。

ま、それはともかく、『湾岸デッドヒート』や『Hooters Road Trip』など、PSやサターン初期のしょっぱいレースゲームを、くさやに三年ぐらい漬け込んだレベルのレースモードは、相変わらず閉口ものです。
いや、それよりも何よりも、「なんで竹ヤリデッパの改造を施した族車で、レースなんかやらなくちゃなんないんだ?」という、前作に於いて一番不満だったポイントは、一切解消されていません。
人が族車を手にしてやりたいことってのは、一般道を蛇行したり、料金所や検問を突破したり、車の横でタコ踊りをしたりすることじゃないでしょうか。
唯一、ミニゲームモード「ツッパリ伝説」中の、「エンジンを吹かしまくってマンション中の住人を叩き起こせ!」というミニゲームのみが、このシリーズの本来正しい方向を指し示していたと言えるでしょう。
この記事に含まれるtag : レーシング
(記事編集) https://bonkura360.blog.fc2.com/blog-entry-1426.html
2012/01/04 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |
オリジナルの『ヴィジランテ8』は、1998年の発売。
武装カーバトルロイヤルアクションの偉大なる元祖、『Twisted Metal』の、あからさまな亜流ではあるが、元祖に負けないぶっ飛んだキャラクターたちと、元祖を凌ぐステージギミックのはっちゃけっぷりで、雨後の筍の如く登場したポスト『Twisted Metal』の中から、一歩も二歩も抜け出た作品である。
日本でも、発売元となったシスコンエンタテイメントが、かなりプロモーションに力を入れていたおかげで、『Twisted Metal』よりも知名度は高く、熱心で物好きなファンも多く生み出している。

世紀末化した70年代アメリカで、アウトロー集団コヨーテと、それを阻止せんとする自警集団ヴィジランテ(どちらのメンバーも、頭のねじが外れた奴ばかり)が、それぞれの愛車に馬鹿丸出しの武装を積んで、風光明媚なロケーションを盛大に巻き添えにする乱闘を繰り広げる、まぁ一言で言うと、大変頭の悪いゲームだ。
その素晴らしき低偏差値ゲームが、リファインされて新たにXBLA作品として帰ってくる。そんな胸躍らせるニュースが入ってきたのは、『ヴィジランテ8』の登場からちょうど10周年にあたる2008年のこと。
「ヴィジランテとコヨーテが、頼んでもいないのに帰ってくる!」
一部の物好きたちは、そう色めき立った。何せ今度のヴィジランテは、夢にまで見たオンライン対戦モードを導入しているのだ。
しかし、実際に目の前に表れた『Vigilante 8: Arcade』に、その物好きたちは何となく拍子抜けになってしまったのだった。
「あれ? こんなに淡泊なゲームだったっけかな?」と。

オリジナルの『ヴィジランテ8』は、70年代風のこってりしたイメージと、90年代USゲーム特有の胸焼けしそうなスカムなテイストが、絶妙にブレンドされた、まるでアメリカ南部の郷土料理みたいなギトギトした味わいだった。そこがあのゲーム最大の魅力であったのだ。
しかしこのリファイン版『Vigilante 8: Arcade』は、そこから90年代スカムテイストが、ポロッと欠落しちゃっているのだ。
メニュー画面などのビジュアルは、妙に洗練されたものになり、登場するキャラクターも、オリジナルのイメージなどかけらも残っていない小洒落たものになっている。
どうだい? このヴィジランテ人気ナンバー1キャラ、ヒューストンのあんまりな変わりようを!

『Vigilante 8: Arcade』が、どことなく淡泊になってしまったもう一つの理由は、このゲームがオンライン対戦を主眼に置いたゲームとして作られていること。
だからシングルプレイノキャリアモードは、BOT対戦に毛が生えた程度のものに留まってしまい、そしてオンラインマルチ対戦を念頭に置いたバランス調整は、『ヴィジランテ8』にあった本来の魅力を大幅に削いでしまった。
『ヴィジランテ8』と言えば、なんたって豪快かつアホ丸出しなステージギミックの数々である。

スキー場を襲った雪崩に、今まで追っかけあいをしていた者同士が仲良く巻き込まれ、決壊した用水路の濁流に、今まで追っかけあいをしていた者同士が仲良く巻き込まれ、フーバーダムの放電に、今まで追っかけあいをしていた者同士が仲良く巻き込まれ。
なんかどれもこれも揃って巻き込まれるようなものばかりな気がするが、とにかく殺伐とした武装カー戦争が、そんな敵味方揃って「ぶはははは」と笑い飛ばしたくなるようなシチュエーションに一変してしまう。
そんなヴィジランテ最大のはっちゃけた魅力が、ストイックなオンライン対戦を成立させるために、すべて"当社比95%オフ"にスケールダウンしちゃっているのだ。
そりゃ、3分おきにみんな揃って雪崩に流されていたら、勝負もクソもなくなるというのは理解できるが、しかしヴィジランテって、元々そんなガチの気分で対戦するようなゲームじゃないだろ。

そんな期待はずれに終わってしまった『Vigilante 8: Arcade』だが、しかしこれが配信された当初の頃は、やはりこちらの期待が過剰に大きすぎたのかもしれない。
今回の値下げを機に、久々にこれを遊んでみたのだが、武装カーバトルロイヤル特有の、お祭り型マルチプレイの面白さやクオリティは、何だかんだ言いながら一定のレベルをキープしている。
気心の知れたフレンド同士の対戦なら、大いに盛り上がるだろうし、例え野良でも相手にさえ恵まれれば、充分に面白い。
もっともXBLAゲームの宿命か。このゲームも配信直後はそこそこ人が居たのだが、今では人影を見ることさえ希な始末なのだけど。
(記事編集) https://bonkura360.blog.fc2.com/blog-entry-1427.html
2012/01/05 | Comment (2) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |
Vigilanteは自警団員などと訳されることが多いが、この国で自警団というと、お揃いのはっぴやジャンパーを着て、「火の元の確認をしましょう」とか「振り込め詐欺に気をつけましょう」などと拡声器で唱えて回っている呑気な集団を、どうしても思い浮かべてしまう。
しかし本来のビジランテとは、アメリカ開拓時代に端を発したものであり、時には自分勝手に解釈した法を、これまた自分勝手に遂行し、そしてそれを公共の安寧のためと開き直ってしまう、いささか殺伐として困った人たちでもあるのだ。
アメコミスーパーヒーローーの大半は、このビジランテであるし、中でもマーベルのパニッシャーや、「ウォッチメン」のロールシャッハは、その一番タチの悪い例だろう。

しかしオレは、あることが原因でビジランテという言葉の響きに、本来の剣呑な響きとは逆のイメージを持つようになってしまっていた。
その元凶は子供の頃に読んだプロレスアルバムの覆面レスラー特集みたいな本である。
それの"いにしえの覆面レスラー"みたいな項目に、ザ・ビジランテスという名のタッグチームが、ちょっぴり載っていたのだ。
こいつらが、また見るからに頼りなさそうな外見で、解説にも「めちゃくちゃ弱かった」、「馬場・吉村組にボコボコにされた」、「こんな奴ら二度と呼ぶなと非難囂々だった」と、さんざんなことが書かれており、これでまだ幼かったオレの頭に、ビジランテという妙な響きの言葉は、「めちゃくちゃ弱い奴ら」という意味でインプットされてしまったのだ。

そのザ・ビジランテスと並んで、「ビジランテ=頼りない奴」というイメージをオレに植え付けたのが、1988年にアイレムがアーケード用として送り出し、後にPCエンジンに移植された『ビジランテ』である。
左右から押し寄せるむさい男どもに抱擁されるだけで、あっという間に体力をガリガリと吸い取られて、あっさりと昇天するこのゲームの主人公に、オレは100円玉を追加投入しながら心の中で「もっと体を鍛えてから悪と対峙しろ!」と、悲鳴にも近いような罵り声をあげていたのだ。

敵に抱きつかれるだけでダメージを喰らい、イヤイヤするようにそれをふりほどくというアクションは、同社の『スパルタンX』そのままである。
一方で、この『ビジランテ』は、テクノスジャパンの『ダブルドラゴン』が幕をこじ開けた、ベルトスクロールバイオレントアクション路線に、早々と便乗した作品でもある。
『ダブルドラゴン』も相当に竹の子剥ぎ的な難易度のゲームだったが、あれにはまだ肘打ちという抜け道があった。

しかしこの『ビジランテ』は、『ダブルドラゴン』以上の難度を誇りながら(上下奥行きの概念がないから、懐に入られたらおしまいである)、そんな抜け道の存在すら許さないという徹底ぶり。
『スパルタンX』の場合は、まだああいうゲームだからと割り切れたが、『ビジランテ』の場合は、ごり押しを是とするベルトスクロールアクションのデザインを、表面的にだけでも纏っているので、余計にプレイヤーキャラの体力の無さ、貧弱さが、余計に際立ってしまっている。毎日の腕立て伏せからやり直してこい!

"悪に私的制裁を加える"ビジランティズムは、チャールズ・ブロンソンの一連の映画や、ジェームズ・グリッケンハウスの「エクスタミネーター」など、80年代のB級アクション映画でやたらと重宝された概念だが、ニューヨークの下町を舞台に、道理をわきまえぬ暴走族軍団に一個人が立ち上がる、この『ビジランテ』のプロットも、なかなかに80年代B級アクション的だ。
それを意識してか、本作のパッケージも、エンパイア・ピクチャーズ製映画を思わせる、いかにも80年代風なデザインのもの。
当時のPCエンジンのラインナップに、このパッケージが混ざるのだから、さぞや目立ったことだろう。購買意欲に繋がったかどうかは別にして。
(記事編集) https://bonkura360.blog.fc2.com/blog-entry-1428.html
2012/01/06 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |