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ボンクラ360魂クロスカルチャーゲームブログ 

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【UNO】新モードアドオンUNO FLIP!

   ↑  2020/05/16 (土)  カテゴリー: XBOX ONE
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UNOの版元であるマテル社が昨年唐突に「ドローカードの重ね置きはなし」の公式ルールを改めてアナウンスして、「いまさら言われたってみんな重ねて置いとるわあ!」と思い切りスルーされていたのは記憶に新しいが、そのUNO界隈にまた新しい展開が加わったのは、公式ルール再徹底から間もない頃であった。
UNOにも様々なバリエーションがある。マテル社自身もUNOをアレンジしたDOSという新しいカードゲームをリリースしたことがあったが、UNOからルールが大きく複雑化したこともあってか、思ったほどの広がりは得られなかった。
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DOSに続いて昨年マテルが新たに送り出したUNOシリーズの新作がUNO FLIP!。
DOSの反省を活かしてUNO本来の魅力をさらにエクストリーム化する方向を選んだカードゲームだ。
そのUNO FLIP!が年をまたいでUBIがリリースしているビデオゲーム版『UNO』にも、ダウンロードコンテンツの形でようやくやって来た。
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UNO FLIP!は従来のUNOと違い、カードの表と裏の両方を使うのが特徴。
表側、ライトサイドのカードはさんざん見慣れたカラフルないつものUNO。
ただし通常のUNOと違ってドロー2カードはドロー1に、ワイルドドロー4カードはワイルドドロー2にと、その効果は半減されている。もしこのままオフィシャルの重ね置き禁止ルールに従ってプレイしたら、地味で山場に欠けるUNOになることだろう。
だが新たに加えられたフリップカード、これが場に出ると状況は一変する。
これを出されたらプレイヤー全員が手持ちのカードを一斉にひっくり返して裏面でプレイしなければならない。
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裏側はその名もダークサイド。カードのデザインも赤青黄緑のカラフルなライトサイドと対称的な、ダークオレンジやパープルなど暗めの色彩に変貌する。
そして特殊カードもダークの名に違わない内容だ。
ライトサイドのスキップは自分の次のプレイヤーの手番だけを抜かす牧歌的なものだが、ダークサイドのスキップはそれが自分以外の全プレイヤーに及ぶ。つまりこれを複数枚持っていれば、延々自分だけがカードを出し続けることができるわけだ。
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指定された色が出るまで延々とカードを引き続けなければならないダークカラーワイルドも、なかなかにエグい。
山に薄そうな色を指定されたら二桁に上る枚数を引くハメになるなんてことがざらに起きる。
そしてダークドロー5。その名の通り5枚引きのカードだが、オンラインでは公式ルールなんか無視して重ね置きありルールがデフォになっているので、これが3枚4枚と重なった日にはアナキン・スカイウォーカーなんか目じゃないほどの闇落ちの衝動が湧き上がってくるだろう。
現にあるオンラインマッチで、これが5枚重ねられた状態で手番が回ってきたアメリカのキッズは、明るく軽口を叩いていたそれまでの様子が一変して、親が隣りにいたら確実にぶっ飛ばされそうな言葉を喚き散らしながら延々と荒れ狂っていた。
あれはまるでダース・ベイダーがこの世に生まれた瞬間を目の当たりにしたかのようであった。
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この闇落ち必至のエクストリームなダークサイドと、いつものUNO以上に牧歌的なライトサイドが目まぐるしく入れ替わるのがUNO FLIP!の醍醐味。
Xbox版では650円のアドオン扱い(他機種でもだいたいこの程度の価格だと思う)となっているので、既にUNO本体がライブラリにある方はぜひとも導入を検討してみてください(現状UNO FLIP!ではなかなか部屋が立たないので)。

*関連記事
【UNO】アゲインスト・ザ・公式ルール
【UNO】初期XBLAのキラータイトル

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2020/05/16 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Forza Horizon 4】ケーニグセグ最速の称号

   ↑  2020/05/14 (木)  カテゴリー: XBOX ONE
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ホライゾンを始めとしたフリードライブができるタイプのゲームでは、もっぱらゲーム内ランクでCやD程度の比較的のんびりした車で流すことが多い。
ゲームの中で頑張ればいわゆるスーパーカーの類も手に入るし、ホライゾンではそれがスロットでぽんぽん貰えたりもするのだが、あまりにも浮世離れした価格の車はどうしてもそれを乗り回している自分の姿や手に入れる過程なんかが想像できなくて落ち着かない。妄想の世界にも甲斐性というのは厳然と存在するのだ。
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それでもマイガレージの中からそんなハイエンドマシンを引っ張り出すことはある。主にシーズンチャレンジミッションのスピードトラップやPRスタントに挑むときだ。
なんせこれらのクリア目標数値は尋常じゃない高さに設定されている。生半可な車でどうにかなる数字ではない。
誰でもそれに備えて切り札的な車を有していると思うが、オレの場合はケーニグセグOne:1だ。
スウェーデンのハイパーカーメーカー、ケーニグセグの基幹車アゲーラのさらにハイエンドモデル。
僅か6台しか生産されなかった激レア中の激レアマシン。いずれにせよオレの妄想力からはるか次元を超えたような車である。
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現在Netflixなどで観ることができる「APEX The Story of the Hypercar」(邦題は「最速の称号」)は、このOne:1を中心にラ・フェラーリやポルシェ918スパイダー、マクラーレンP1といった、『Forza Horizon 4』でもお馴染みのハイパーカーの開発シーンを追ったドキュメンタリー。
けれんに欠けてどこかメーカーのカタログビデオっぽい硬さもある映画だが、それでもハイパーカーとレースゲームの関わりについて触れたパートや(Forzaのスタッフがインタビューに登場したりもする)、独立ハイパーカーメーカーの草分けとも言えるパガーニの創業者の「パガーニを買うのは理性的な行動ではない」なんてイカした発言など見どころは多い。
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その中でもメインの扱いを受けているのがケーニグセグ。
映画はケーニグセグが総力を結集したハイエンドマシン、One:1がテスト走行に挑むあたりで尻切れトンボ気味に終わってしまう。
まあこの辺の経緯は劇中でも描かれているのだけど、とにかくこの世界最速(当時)を目指したマシンは、はっきりとした記録数値を残すことなくポテンシャルをポテンシャルなままに留めてしまった。「(世界最速)出そうと思えば軽く出せるよ」という自信と共に。

ケーニグセグOne:1の推定最高速度は440km/h。
こんな新幹線を遥かに凌駕する速度ともなると正規に計測できる環境が限られてくるから、最近のハイパーカーがみんな"理論上の最高速度"に留まってしまうのもなんとなく分かる。
ではホライゾンの中で乗り回してみても、ぶっちゃけこんな怪物、公道ではオーバースペックどころの話ではないことも、これまた分かる。
それ以前にそもそもなんでオレがこんなマシンを買えたか。ロト6で3億当たったとか、そんな貧しい理由しか思いつかねえ。
いや、それ以前にOne:1って諸経費込みで3億で買えるもんなのか?
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とにかくこれを普通に乗り回せる場所は、『Forza Horizon 4』のマップ南北を貫くハイウェイくらいしか思いつかない。
例のトンネル入口手前辺りからアクセルを目一杯踏み込むと、トンネルの中で早くもスピードメーターの針が300km/h台に飛び込んだ。
そしてそのまま沸騰したヤカンに突っ込んだ温度計みたいにぐいぐい上がり続けるメーター。
400超えた。401、403、405、そっから先は一般車避けるのに全神経が集中してメーター見る余裕がねえ!
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それでも頑張ってちらっと見る。420! まだまだ上がる! おそらく430超えている!
そっから先、もういま何km/hなんて言ってる場合じゃなくなってる! そして緩やかな直線、あっという間に終わってる!
ケーニグセグOne:1。推定最高速度だいたい440km/hくらい。そのファジーな幻想はホライゾンの中でもファジーなままなのであった。

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2020/05/14 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Wolfenstein: Youngblood】ブラスコの不肖の娘たち

   ↑  2020/05/12 (火)  カテゴリー: XBOX ONE
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「ナチスに占領されたアメリカ。その圧倒的な支配はまたたく間に全土に及び、いまやそれに反抗する人々もごく僅か。そんな八方塞がりの中、レジスタンスのカリスマ、テラー・ビリーことウィリアム・ジョセフ・ブラスコヴィッチは、ついに宿敵であるフラウ・エンゲル親衛隊上級大将を仕留めることに成功した。しかしこれはアメリカ解放のほんの狼煙。レジスタンスの長く苦しい戦いは、いままさに始まったばかりなのだ!」
前作『Wolfenstein II: The New Colossus』で綴られた歴史だ。
そしてその約20年後、1980年を舞台としたウルフェンシュタインシリーズ最新作『ウルフェンシュタイン: ヤングブラッド』の冒頭で語られる時代背景は、
「あれからブラスコヴィッチとレジスタンスの活躍によりヒトラーは打倒されアメリカは解放されました」
あいだめちゃくちゃハショリすぎ!!
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とりあえずヒトラーは死んだらしい(クローンがいましたとか、ナチのオカルト混じり最新テクノロジーで蘇りましたとか、そんな展開が今後出てくることは充分予想されるが)。
アメリカは再び自由を取り戻し、20年前のレジスタンスの面々も、いまは政府の要職に就いている者もいる。
『The New Colossus』では赤ん坊だったグレースの娘、そしてまだお腹の中だったブラスコとアーニャの二人の子どもも、すっかり生意気盛りになっている。
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だが勢力は衰退したとはいえナチスの脅威は未だに健在だ。特にヨーロッパ圏の多くはまだその支配下にある。
そのナチス圧政下のパリで、もはや初老の域に達している我らがブラスコヴィッチが消息を絶った。
捜索に向かうのはブラスコの双子の娘、ソフとジェス。
2人はグレースの娘であるアビーのサポートを受けながら、パリ・レジスタンスの地下アジトをを拠点に、あまり深刻そうじゃない父親探しを建前としたナチス相手の大暴れを始めるのであった。ゲーム感覚のライトなノリで!
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とにかくこのブラスコの不肖の娘たち、軽すぎる。
ナチスとの永遠の戦いを宿命づけられ、ナチスと対になるおのれの立場にプレッシャーを受け、ついにはオレがいるからナチがこの世に蔓延るんじゃないかと悩むにまで至った、親父が背負い続けていた重いものを全部さらっとスルー。
まあ家業の二代目なんてどこもそんなもんかもしれないが、堪らないのは間を思い切り端折られた挙げ句に唐突な代替わりを投げてよこされ、これを認知しろと迫られるプレイヤーの方だ。
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軽佻浮薄な二代目が許されるのも、それは仕事(中身)がきちんとしている場合。
ところがブラスコの二人の娘ときたら、「パパはソロプレイオンリーの仕様に頑なにこだわっていたけど、やっぱりそんなの時代遅れだよねー」と、伝統をあっさりひっくり返して試みた様々な新要素がことごとく空回り。
ひとりナチスに立ち向かった親父の孤独なんか知る由もなく導入したCo-opプレイ主軸のシステムを皮切りに、キャラクターのレベル制、探索に比重が置かれたノンリニアのマップなど、そのすべてが未整理で中途半端なものに終わってしまっている。
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機能していないステルスシステム、Co-opにバランスを合わせたために四方八方から無秩序に止めどなく敵が現れて常にぐだぐだの乱戦を強いられる戦闘、どこに行っても代わり映えのしないロケーションと、それを何度も何度も行き来させられる地獄。
それとベセスダのウルフェンシュタインでは常にこってり目の味付けが施されていたナチスも、今回はエラい淡白だ。
『The New Order』のデスヘッド、『The New Colossus』のエンゲル女史と、歴代のボスはこいつを殺さなければ夜も眠れないくらいメーターの振り切れた悪役っぷりだったが、今作のそれはその役目を継承するには大幅に力不足。
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"ナチスの影響下にある80年代"ってのは、このゲームの数少ないチャームポイントではあるんだけど、それも結局はコレクトアイテムのカセットテープやビデオジャケットのみに留まっていて、本ストーリーにはそのイメージはほとんど関わってこない。
前作の流れから、子どもを持ったら子煩悩っぷりがハンパじゃなさそうなとこを匂わせまくっていたブラスコヴィッチだけど、それを通り越して親バカっぷりも大概にしろと文句のひとつもつけたくなるような娘たちの体たらくであった。

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2020/05/12 | Comment (2) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Wolfenstein II: The New Colossus】ブラスコの永遠の戦い

   ↑  2020/05/08 (金)  カテゴリー: XBOX ONE
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彼の名前はウィリアム・ジョセフ・ブラスコヴィッチ。その名で世に出てからもう30年近い月日が経っている。
30年もあれば呼び名もたくさんできる。B.J.、ブラスコ、テラー・ビリー。まあ好きなように呼ぶといい。
職業はナチスハンター。まあ軍人であるとかレジスタンスであるとかテロリストとか(これはナチ連中の言い分だな)正規の身分は色々とあるんだが、この言い方が一番しっくりくる。
とにかくナチを殺して殺して殺しまくって30年。この道ひとすじのベテランだ。
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その長い長いナチ殺しのキャリアも5年前に一度終わるはずだった。
宿敵であるナチス親衛隊上級大将デスヘッドを追い詰めついに刺し違えた。長きに渡るナチスとの死闘もこれで終わるはずだった。やっと休める……。
前作のエンディングでそんな瀕死状態になっていたブラスコヴィッチを、おせっかいな仲間たちが助け出すところから『ウルフェンシュタインII ザ・ニューコロッサス』は始まる。
そのままファーストパーソンで拝まされる応急処置。「腸がはみ出してる!」。いや、余計なこと教えてくれなくていいから……。
そして手術台。いいよ、助けなくて! オレもう充分戦ったから! もう休ませてくれ!
そんな願いを聞き届けていたら続編は始まらない。この世にナチスが栄えている限り、ブラスコヴィッチに安息の日はやって来ない。
またナチを殺して殺して殺しまくる日々の始まりだ!
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ウルフェンシュタインとDOOM、共にFPSの祖にして現代まで続くフランチャイズ。
その長い歴史の中でDOOMシリーズはスラッシュメタルのごとき独特のスピード感とリズムを、時代に合わせてモダナイズさせながらDOOMらしさとして継承させていった。
しかしウルフェンシュタインにそれに代わるような家譜があったかというと、ちょっと困ってしまう。
ナンバリングタイトルが存在せず作品それぞれが連続性なく独立しているからプレイフィールはバラバラだし、そもそも大本の『Castle Wolfenstein』ってFPSどころかメタルギアの原始壁画版みたいなゲームだ。
そんな中にあって「ウルフェンシュタインならではの伝統、あるじゃないですか」とにこやかに微笑むのはナチスの皆さんなのであった。
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いまやゲームに出すのも憚られる存在になってる鉤十字を二郎系のもやしを凌ぐ勢いでてんこ盛り。
多様化の時代にあってオポジションサイドにも彼らなりの正当性や大義が描かれるようになり、ゲームの世界でも報いを受けさせる絶対的な悪を据えることも珍しくなったが、ウルフェンシュタインはそんなのお構いなし。
だってナチスだもん。憎んで憎んで憎みぬいて徹底的に討ち滅ぼすべき相手だもん。完全無欠な悪役としてのナチ、みんな大好きだろ!?
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今回ブラスコにとって最大の敵として立ちふさがる親衛隊大将エンゲルさんも同様だ。
近年のゲームでもここまで極悪非道の人間として描かれる悪役も珍しい。この人、前作ではデスヘッドの部下だったはずだが、その以前の上司すら前座的な存在感に押しやるほどの針の振り切りっぷり。
オレがエンゲルさんの吹き替え声優だったら、きっと自己嫌悪に陥って3日ほど立ち直れなくなってるだろう。
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ナチとロズウェル、ナチとKKK、ナチと円盤、ナチとハリウッド、ナチと宇宙と、これまたみんなが大好きなカップリングを絡めまくって、前作と比べても3倍増しくらいの弾けっぷりは、ついに"あの人"の登場にまで及ぶ。
もちろん相手は人間扱いしなくて構わないナチだ。ブルータルな表現もこれまたてんこ盛り。いや、これはこっちが残虐なわけじゃない。ナチの残虐っぷりにバランス合わせてやってるだけだからな?
そして古き良きウルフェンシュタインの伝統も忘れていない。トリガーを引く指もつい躊躇する軍用犬、羊の丸焼きにフルーツ盛りと贅沢極めているナチ連中、そして拠点となる鹵獲Uボートではこれまた恒例『Wolfenstein 3D』もプレイできる。
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今どきのシューターでは必須なマルチプレイ要素を切り捨ててソロプレイオンリーの道を毅然と選んだその方向性は、胸焼けするほどこってり濃いロケーションとシチュエーション、そしてストーリーにしっかり結実している。
車椅子状態でも、そして死に近づきつつある身体でも、ナチスとの戦いを延々と強いられるブラスコヴィッチ。
キリングマシーンとしての人生もついに終わりと永遠の安らぎが訪れるかと思われた展開も、こっちの想像を遥かに超える手段でリセット。
ブラスコヴィッチはナチと対になる生き物。この世にナチスが栄える限りブラスコヴィッチも在り続ける。そしてこのIPが続く限り、この世にナチスが滅ぶときはおそらく訪れないのだろう。
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ブラスコヴィッチの永遠の二大テーマ、ナチスの支配と実の父親の抑圧からの解放を代弁するエンディングロール曲は、80年代グラムメタルバンド、ツイステッド・シスターの大ヒット曲"We're Not Gonna Take It" のカヴァー。
お前らの価値観を受け入れる気はさらさらねえぜ!という親や大人への無邪気な反抗歌は、時を遡ってナチスが支配するもう一つのアメリカでレジスタンスのアンセムとなったのだった。

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【Return to Castle Wolfenstein: Tides of War】古城への帰還
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音楽【The Stranglers - La Folie】

   ↑  2020/05/06 (水)  カテゴリー: 音楽
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コロナの災禍による各界著名人の訃報も続いているが、英国のロックバンド、ザ・ストラングラーズのキーボード奏者デイブ・グリーンフィールドの死去の報せは大きな驚きだった。
まあストラングラーズ自体が既に半世紀近いキャリアを持つバンド。結成時のメンバーの年齢も、当時のパンクバンドの中では比較的高かったこともあって、いつ何があってもおかしくない年ではあるのだけど(ドラマーのジェット・ブラックに至っては、もう80過ぎだ)、亡くなる原因がコロナウイルスによるものだったとなると、どこかいたたまれない気分になってくる。

オレが初めて手に入れたストラングラーズのアルバムは、そのデイブ・グリーンフィールドのキーボードがもっとも前面にフィーチャーされた通算6作目の"狂人館"(原題は"La Folie"だが、個人的にはこの邦題の方がしっくり来る)だ。
初期の荒々しく剣呑なビートを基調としたパンクサウンドから、4作目の"レイヴン"5作目の"メニンブラック"と、バンドがその音楽性を大きく変えてゆく中で、彼の荘厳で叙情的なキーボードプレイはどんどん存在感を増していった。
そしてそれがバンドが本来持っていた類稀なるポップセンスを引き出した結晶が、ストラングラーズ中期の傑作となるこのアルバムである。

もっとも当時のオレは音楽誌などを通じたストラングラーズの殺伐としたエピソードの数々ばかりが先に頭の中を占めていた。
その先入観と針を落として流れてきた1曲目の軽快なキーボードの音色に、最初は思わず「あれっ?」とギャップを感じてしまったが、しかし捨て曲なしのアルバムクオリティ、そして中核をなすデイブの典雅なキーボードに身を委ねているうちに、そんな違和感はあっという間にどうでもよくなってしまった。

いまでもストラングラーズの代表曲のひとつに挙げられる"Golden Brown"は、このアルバムの白眉だが、以降のストラングラーズの音楽性のプロトタイプともなっているA面のハイライト曲"Tramp"も、バンドの隠れ名曲として大きく推したい。
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デイブ・グリーンフィールドとストラングラーズのベーシスト、ジャン・ジャック・バーネルの2人による名義作となっている"Fire & Water"も、とても思い出深いアルバムだ。
"狂人館"の翌年にレコーディングされたこの作品、元は映画のサウンドトラックとして制作されたらしい。
それもあってかほぼインスト曲で占められたこのアルバム、プログレッシブ・ロックに近い質感となっており、それはもちろんデイブ・グリーンフィールドの一筋縄ではいかない音楽的バックボーンの表れなのであろう。

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2020/05/06 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |