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ボンクラ360魂クロスカルチャーゲームブログ 

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【セロファーンズ】郷愁の70年代ゲーセン

   ↑  2021/02/20 (土)  カテゴリー: PS1
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リイシュー、リマスター、新装版。文学や音楽、映画にコミックなどで、過去の名作やカルト作が装いも新たに現代のカタログに名を連ねることがある。
それを手にするのは、かつてそれに親しんだ人や、古典に新たに触れようとする若者など様々であろうが、デジタル技術の進歩と足並みを合わせるビデオゲームの場合は、こと当時のファンばかりを対象とした郷愁エクスプロイテーションの度合いが強いような気がする。
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この度、最新ハード向けに『カプコンアーケードスタジアム』と題された過去のアーケードゲームの詰め合わせが発売されて、この郷愁エクスプロイテーション商売も数周目に突入した感がある。
恐らくこの世代が完全に耄碌する年になるまで、この手のなつかしゲームビジネスは、ハードやデバイスを時代時代に合わせてぐるぐると回り続けるのであろう。
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「なつかしのアーケードタイトルが復活!」的なことを最初に売りにしたのは、思い出せる限りでは初代プレイステーションの『ナムコミュージアム』シリーズ。もう今から20数年前まで遡る話だ。
この『ナムコミュージアム』に収録されているのはは、『パックマン』や『ラリーX』など業界にある程度のルールや倫理が確立された頃のタイトル。
それ以前となると、もうこれがアポカリプス世界も真っ青の無法地帯。
パクリなんてのは良心的な方。コピー基盤や海賊基盤が大手を振ってまかり通る凄まじい状況であった。
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その後はちゃんとした企業に成長する各メーカーも、この頃にやっていたのはアタリの『Breakout(ブロック崩し)』のパクリかコピー。
この意匠とか版権とか知ったこっちゃねえのアナーキーな状態は、『スペースインベーダー』のブームの辺りまで続くこととなる。
そんなナムコやコナミでもフォロー不可能なアーケードビデオゲーム黎明期をテーマにした郷愁エクスプロイテーションゲームが、この1997年発売の初代プレイステーション用ゲーム『セロファーンズ』だ。
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とは言ってもその頃の怪しげなゲームをそっくりそのままリイシューするなんてわけには当然行かないわけで、本作に収録されたのは当時の雰囲気をできる限り再現した、70年代末風レトロ調新作ゲーム12本。
その半数近くが『ブロック崩し』のそのままズバリや亜流系であるのがさすがと言うか何と言うか、なんちゃって『Breakout』が乱立したあの時代を偲ばせてくれる。
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そして70年代後期は、まだエレメカが主軸だったゲームセンターにビデオゲームが新参者としてやって来た時代。
その本来の主役であるエレメカの疑似ゲームも『セロファーンズ』を彩ってくれている。
画面の焼き付けやブレなどもいちいち再現した太古のゲーセンのヴァーチャル再現空間。
とは言え97年当時でさえ郷愁抜きでプレイするには、どれもあまりに原始的すぎてツラいゲームばかり。
プレイステーションネイティブ世代はハナっからお断りな、郷愁エクスプロイテーション系タイトルの原始のひとつである。

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2021/02/20 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Destruction Derby】デストラクション・ダービー

   ↑  2020/11/15 (日)  カテゴリー: PS1
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新世代機が揃って登場した2020年。もはやPSサターン世代なんかは間違いなくゲーマー老人会入りしているようなもんである。
それだけ年月を重ねていると、経験した常識や価値観の変遷もかなりの数に上っていたりするわけで、特にこの10年は移り変わりのスピードがどんどん上昇していってる傾向がある。そのアップデートに追いつけずこぼれ落ちていくゲーム老人も、そりゃぼろぼろ出てくるというものだ。
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洋ゲーという言葉もかつての響きから大きくその意味を変えた。と言うよりはもはや死語の部類に入ってきてるのかもしれない。
この言葉が使われ始めた経緯については諸説あるが、やはりソニー・コンピュータエンターテイメントが初代プレイステーションの初期に行った"洋ゲーやろうぜ"キャンペーンが、広まる大きなきっかけになったことは間違いないだろう。
当時のSCEはゲームが持つ旧来のイメージを変えるような試みを色々と行っていたが、"洋ゲーやろうぜ"のスローガンのもとに海外産のゲームをSCEが窓口となって送り出したのもその一環だ。
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その第一弾となったのが本作『デストラクション・ダービー』。
後に『Driver』シリーズを送り出すReflections Interactiveの手による、車をぶつけ合うデモリッションダービーやバンガーレースをテーマにしたゲームだ。
そんなニッチなジャンルを扱ったゲームがテレビスポットCMまで打たれて大々的に売り出されたのだから、SCEの洋ゲー定着にかけた意気込みが伺えるだろう。
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映画の「バニシング in TURBO」や「ラスト・アメリカン・ヒーロー」などで、そういう乱暴な競技が実際にあることだけは知っていたが、それがついにインタラクティブなものとして手元にやって来たのである。
オーバルレース、フィギュア8、そしてデモリッションダービー。今となってはマッチ箱のような見てくれの車たちだが、ポリゴン黎明期の当時としてはとても生々しい存在だった。
それらがレーススタートと同時にあちこちで破片を飛び散らせ、ひしゃげ、煙を上げて頓挫する。
そのあっけらかんとした破壊行為の一部始終は、思わず笑いが漏れてくるくらい痛快だった。
そして毎日肉を食ってる奴らは、こんなアホなことをしょっちゅうやっているのかと、ちょっぴり羨望を覚えたものであった。
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国産ゲームとはあきらかにベクトルが異なるその頃の洋ゲーには、インタラクティブの異文化体験という側面が確かにあった。
SCEもそんな側面を踏まえて、洋楽や洋画に並ぶものとして洋ゲーという造語を編み出したのであろう。
だがSCEの思惑とは裏腹に、保守的な傾向の強いゲームオタクの間にあっては、その言葉は逆にやや侮蔑的なニュアンスを含んだものとして定着してしまった。
その頃の海外産ゲームのほとんどが、大味な造りでバランスや繊細さを欠いていたのが大きな理由の一つであるが、このイメージは洋ゲーがそういった欠点をすっかり補っていった2000年代に至っても、なかなか払拭することはできなかった。
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そういった国内ゲーム事情と海外産ゲームの差異がすっかりなくなってきたのは、いつ頃くらいからであろうか。
今ではストアを眺めてみても、そのほとんどがかつて洋ゲーと呼ばれたものたちで占められ、それが当たり前の光景となっている。
その先鞭となった形の"洋ゲーやろうぜ"プロモーションだが、この『デストラクション・ダービー』以降はどうなったかというと、これがあっさりなし崩しになってしまい、『ワイプアウト』と『ESPNストリートゲームス』が一応それに続くような形であった覚えもあるが、いずれにせよなんとなく尻すぼみになってしまったことだけは確かである。

この記事に含まれるtag : レーシング 

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2020/11/15 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【007 トゥモロー・ネバー・ダイ】Tomorrow Never Dies

   ↑  2020/03/12 (木)  カテゴリー: PS1
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ピアース・ブロスナンの007映画でベストは?
オレが推したいのはブロスナンにとって2番めの主演作となる「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」だ。
カーチェイス、バイクチェイス、カンフーファイトなど派手なアクションシーンが幕の内弁当のように配置され、そしてボンドガールは香港アクションムービー出身のミシェール・ヨー。
そりゃあこの人がアクションのフィールドにおいてブロスナンの添え物に留まるわけがないのは、当たり前っちゃあ当たり前の話だ。
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敵となるエリオット・カーヴァー(演じるはジョナサン・プライス)のメディア王という設定や、マッチポンプのフェイクニュースで世界紛争を煽る手段も新鮮だったし、その配下の実行部隊長スタンパーは、「007 ロシアから愛をこめて」のレッド・グラントを彷彿とさせる立ち回りと存在感でボンドを大いに苦しめる、久々に悪役の側にもコマが揃った作品であった(ただしこのルパート・マードック的なメディア王像は、現在の目から見るといささか古めかしくなっているかもしれない)。
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ブロスナンがボンド役を務めていた95年から2002年にかけては、ちょうどゲーム業界が産業革命に類するようなドラスティックな変革を遂げていた時期とちょうど重なることもあって、ことゲーム化作品に関してはとても恵まれている。
ニンテンドウ64の名作『ゴールデンアイ 007』を筆頭に、『007 ナイトファイア』や『007 エブリシング オア ナッシング』などの映画が原作ではないゲームオリジナル作品。『007 Racing』等の企画ものなど、さらには携帯機の派生作品を入れればその数は軽く十指を超える。
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プレイステーションでリリースされたこの『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』は、同名映画をベースにした正統派シネマゲーム。
オープニング早々潜入からの銃撃戦、そして派手なアクション(本作の場合はスキーチェイス)の掴みを経て例のオープニングタイトルに繋がる流れは映画の構成そのまま。
ちなみにこのタイトルバック。映画版と全く同じTB、映画のスタッフ名の代わりにゲームのスタッフ名が被さる凝り様だ。
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サードパーソンのシューティングをベースにスキーやカーチェイスといった変則パートを挟んで映画の筋立てを漠然と追っていく流れは、以降の007ゲームに脈々と受け継がれていく王道パターン。
しかし後の007ゲームの多くにフィーチャーされているステルス的な要素は皆無。ほぼ全ステージにおいて正面からカチコミの戦いがメインとなるだろう。
当時の3Dゲームの常として操作性にはもどかしさを多く感じるかもしれないが、全体にはシネマゲームとして押さえるべき部分をそれなりに抑えた及第点の作品だ。
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後半ではミシェール・ヨーを操作するパートもあり(素手ゴロファイトではなかったのが、ちょっと気の利かないところだが)。
そして映画では映画では冒頭のみにちらっと登場した″新興宗教団体のメンバーで毒ガステロ事件の実行犯″という時節的に危ない設定のキャラクター、サトシ・イサグラも、このゲーム版では中ボスとして堂々の登場。
ガスマスクもつけずに至近距離から毒ガス弾を投げまくる、大変アナーキーな暴れっぷりを見せてくれる。
一方で原作映画ではボンドにとって久々の強敵となったスタンパーが、ゲームでは影も形もないのは、ちょっと納得のいかない部分ではある。

この記事に含まれるtag : シネマゲーム TPS 

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2020/03/12 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【ブラックジャック vs 松田純】松田純はどこだ!?

   ↑  2019/10/08 (火)  カテゴリー: PS1
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タレントゲーム。
RPGやADV、アクションといった、ゲームの内容に応じたジャンル分けではない。
とにかく冠となるタレントの名前におんぶだっこした不思議な括りのゲーム群のことだ。
コンテンツを手にとってもらうために重要な要素となるタレントの知名度は、その企画の立ち上げの時点から大切なポイントになってくるはずだ。
かつてのタレントゲームのほとんどは、ビートたけし、明石家さんま、中山美穂など、世間一般へその名前が浸透した芸能人たちが連なっていた。
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その当たり前の傾向がおかしな雰囲気になってきたのは、ゲームがカートリッジからCD-ROMへと移行した頃のことだ。
動画と音声、この2つを新たに手にすることによって、さらに進化するはずだったタレントゲームは、なぜかそこで誰もが知るタレントの名前ありきのジャンルから、とりあえず手っ取り早く名前を使えるタレントでゲームを安くでっち上げるジャンルへと変貌をきたしてしまったのだった。
それの急先鋒となったのがグラドルゲームという一群だ。
写真集やイメージビデオなんかとタイアップした画像や動画とパズルゲームあたりを組み合わせて一丁上がり。
今となってはマニアやゲーム史家からは黙殺されているけれど、それでも当時は枯れ木も山の賑わいとなったし、坂木優子やシェイプUPガールズや金沢文子が好きだったオレとしては、「おおいに存在意義があったよ!」と声を大にしたいところだ。
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ここにその手のタレントゲームがひとつ。
冠となるのは松田純。90年代後半からゼロ年代初頭にかけて、グラビアを足がかりにバラエティ番組や映画・ドラマなどで活躍したタレント。
軸足が広すぎて代表的な仕事を絞りづらいのが、このタイプのグラドル~バラドルの宿命ではあるが、WOWOW初のオリジナルドラマとなった三池崇史監督作のアウトローコギャル物語「天然少女 萬」を挙げておきたい。
その松田純がゲーム界に敢然と殴り込み。
しかし『ブラックジャック VS 松田純』という、果たして松田純とブラックジャックで対決をするのか、あるいは松田純がブラックジャック・マリガン(あるいはブラックジャック・ランザ)と戦うのかもはっきりとしないタイトルに、早くも90年代後期タレントゲーム特有のざっくりとした企画が伺えてしまうのであった。
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パッケージに映るのは紛うことなきバニーガール姿の松田純。
しかし裏返してみると、そこには"TV・グラビアで大人気の松田純と清水としみつ氏のグラフィックがドッキング"なんて禍々しくも無邪気な一文が踊り、早くもこちらは「いや、そういうドッキング望んでないから!」と声を荒げることになるのだった。
いやホント、マジで松田純以外には用はねえから! ぶっちゃけブラックジャックすら要らねえから!
錯乱しながらゲームをスタートしてみると、そこにいるのは松田純を自称する清水としみつによる二次元絵。
清水氏は90年代のオタク界隈と非常に親和性の高かった漫画家だが、それと松田純が本来食い合わせがいいはずもなく、こちらは自称松田純の清水絵が事務所を通さずに連絡先を教えてくれるラッキーな展開も素直に喜べず、「いつになったら本物の松田純が出てくるんだろう?」と、ただただ不安になるばかりだ。
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そして延々と続くブラックジャック勝負。
しかし五段階の難易度に応じた本格的ブラックジャックの触れ込みも、このゲームを買ったほとんどの人間の目的が決してブラックジャックではない事実には如何ともし難い。
地味なブラックジャックをこつこつとプレイして、細々と貯めたゲーム内通貨で購入したプレゼントを貢ぐ先は自称松田純の二次元絵。
それでも一応二次元絵に合わせたセリフでは松田純本人がボイスを担当しているのだが、「声の出演・松田純」は、こちらが松田純に望む芸能仕事の最下位に位置することは言うまでもない。
純ちゃんのバニーガール姿に目がくらんでゲームを購入した先にあったのは、ただただ社会の不条理だけである。
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清水としみつ絵を使ったブラックジャックゲームに、ポニーキャニオン~扶桑社ラインで流用できた松田純写真集からのお下がり画像をパッケージとマニュアルだけに申し訳程度のっけて一丁上がり。
さすがにこれだけではと罪の意識が芽生えたのだろうか、オプションに設けられたのは"純ちゃんのマッサージ"という項目。
そう、Xbox360のインディーズゲームで氾濫した、コントローラの振動を使ったマッサージ機能の先駆者的な機能ではあるが、しかしデュアルショックの振動を肩に押し当ててみても、こっちは松田純どころか久夛良木さんに無理やり肩を揉まれている気分にしかならない。
死んだ目で松田純の出てこないブラックジャックをひたすらプレイしながら、「坂木優子やシェイプUPガールズのゲーム、あれはあれでそれなりに良心的だったんだな」と認識を新たにさせる、そんなグラドルゲームの底の底なのであった。

この記事に含まれるtag : タレントゲー 

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2019/10/08 | Comment (1) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【トップガン ファイヤ-・アット・ウィル!】オマエはミラマーに来るな

   ↑  2019/07/25 (木)  カテゴリー: PS1
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余人はいざ知らずオレにとってトップガンのゲームを遊ぶ理由はただ一つ、トム・クルーズの立場になりたいがためである。
トム・クルーズの振る舞いが許されるのならば、たとえ苦手な飛行機操縦であっても仕方がない義務として受け入れる覚悟は持っている。
しかし世にあるトップガンゲームは、どれもこれもエスコンもどきのそれ以上でも以下でもなく、トム・クルーズの影も形もありはしない。
まぁこれはトム・クルーズのおのれの肖像権に対するシビアさに原因があるらしく、トムのトの字も出せないとなると、数多のトップガンゲームが、いずれもただ飛行機を飛ばして訓練やドッグファイトに勤しむだけの内容になってしまうのは、致し方のないことかもしれない。
そんな"トップガンなのにトップガンじゃない"トップガンゲームの中で、トップガンの再現性という点で一番健闘している作品。それがこの日本でもメディアクエストから国内版が発売された、プレイステーションの『トップガン ファイヤー・アット・ウィル!』。
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オープニングの実写ムービーで流れるのは、空を舞うF-14の編隊。国籍不明のミグ28編隊との挑発合戦を経て空母に帰投しようとするも、ミグとのニアミスに気が動転した僚機のクーガーが着艦できない。
危険を犯してクーガーを誘導する主人公機。無事帰投したものの命令を無視した主人公を待っていたのは、司令官からの呼び出しだった。
司令官室で待ち構えていたのは、スキンヘッドの気の短そうなおっさん。原作映画「トップガン」でも司令官を演じていたジェームズ・トールカンご本人ではないか!
え、あんたか!? うそ、これ、展開といいマジでトップガンじゃん!
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「おい、聞いているのか? マーヴェリック!」
え、うそ!? オレ、いまマーヴェリックって呼ばれた!? トム・クルーズじゃん! 顔はまったく映らないけど、オレ、ついにトムクルの立場じゃん!
「貴様にはこれからミラマー基地のエリート訓練校に行ってもらう」
ケリー・マクギリスがいるとこじゃん! 行く行く行きます! 行ってさっそくナンパしてきます。
「オレも一緒に行く」
…………あんた別に来る必要ねえじゃん!? ミラマーと関係ねえだろ、あんた来たら話が微妙にズレちまうじゃん!?
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ジェームズ・トールカンことスティンガー司令官の謎のミラマー赴任の理由は、おそらく原作映画から唯一出向してきた役者だから、使い回せるだけ使いまわそうというところ。
ミラマーまで来てあんたのツラ見たくねえんだよ。そして案の定ケリー・マクギリスいねえし!
せめて代わりになるヒロインくらい用意しとけよの願いも虚しく、紅一点となるのはプレイヤーにねちねち嫌味を垂れるのが役目のライバルのみ。
ちなみにこのゲームでは相棒グースの存在はオミットされ、レーダー要員となるのは最初からマーリン。もちろんティム・ロビンスが演じているわけはなく、まったくの別人。
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そう、この『トップガン ファイヤ-・アット・ウィル!』は、プレステ・サターン期に溢れていたシューティングパートを無名俳優を使った実写ムービーでブリッジするシューティングゲーム(『ショックウェーヴ』『クレイジーイワン』etc,etc,)にトップガンのガワを被せたもの。
飛行パートもいにしえのスペースコンバットゲームに近い手触りで、3D空間で飛行機を動かしている雰囲気には乏しく、どちらかというと360度回転する照準を動かしているような感覚。
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トップガンのテーマ"Danger Zone"が流れるのも、このゲームの大きなセールスポイントの一つだが、残念ながらケニー・ロギンスのオリジナルではなく別人によるカヴァー。
なんとかトップガンにしようと頑張っていることは分からなくもないが、シューティングゲームという着地点は、やはりこちらのトップガン観から大きく逸脱してしまっている。
いや、義務としてシューティングパートをさせられるのは構わない。だけどせめてその合間にはケリー・マクギリス、あるいはその代わりになるものとイチャイチャくらいさせろと、ムービーパートのたびに出てくるジェームズ・トールカンのハゲ頭を見ながら思うのであった。

この記事に含まれるtag : フライトシム 海外STG 

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2019/07/25 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |