ボンクラ360魂Xbox Oneとの蜜月の日々 

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【天城紫苑】名探偵松本コンチータ

   ↑  2017/03/16 (木)  カテゴリー: セガサターン
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金田一二三(きんだいちふみ)は、人気ミステリ作家。
彼女はフィクションの世界に留まらず、その卓越した推理力で実際の事件も何度も解決に導き、現在では作家業と探偵業を両立させているスーパーレディーなのだ。
彼女を演じるのは松本コンチータ。AV女優としての代表作は「ベロリン、天使の舌」。
マルチエロアーティストを名乗りジャンルを超えて活躍したコンチータに対して、もう一人のメインキャスト、老舗旅館の女将役の冴島奈緖も、ミュージシャンやライター業など、やはり幅広い活動で知られた方。代表作は「乳輪火山」。
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金田一先生とこの女将は、なんでも古い知り合いか何かで、女将の切り盛りする旅館、天城荘の60周年記念パーティーに先生が助手と共に招かれる、というのが事件の発端。
そう、プレイヤーは金田一先生自身ではなく、先生の新米助手。
そこで起こる殺人事件。急な悪天候。「たった一本しか無い道がガケ崩れで埋まりました! ついでに電話も通じません!」の、あまりにもベタベタなお約束展開。
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そして事件の真相以上に恐ろしい、金田一先生の名探偵ぶりの真実を、自ずと知ることになるのだ。
何せ旅館についてから先生がしていたことと言えば、自室で呑気にお茶をしているか、或いは自室に重要容疑者の一人を引っ張り込んで乳繰り合ってるくらいのこと。
そんなお気楽ご気楽な先生を尻目に、哀れ助手であるプレイヤーは、こちらを無表情にさせるおちゃらけテキストで強引に水増しされたシナリオを駆けずり回って、聞き込みや証拠集めという名のフラグ立てに奔走する羽目になるのであった。
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いや、でもこの世界にはアームチェアディテクティブ(安楽椅子探偵)という言葉もあるくらいだ。きっと先生もその一人なんだろう。
そう信じて旅館の中を右往左往し、いよいよクライマックス。ロビーに集められた事件の関係者一同。さぁ、お膳立ては揃いました。先生、一つバシッと名推理をお願いします!
「そう?では犯人が誰なのかを君が指摘してみなさい。」
……え?……いや、まぁ犯人はXXXではないかと思うのですが。ぶっちゃけた話、物凄いバレバレの犯人でしたし。
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「そういうわけで犯人はXXXさん、貴方です!」
ちょっと待てやぁ先生、そりゃねえだろう!美味しいとこだけ獲っていくんじゃねえよ!
じゃ、じゃあ犯行の経緯とか全部あんたが説明してみろよ。部屋でずっとお茶してたあんたには説明できねえだろ、おい!
「さすがは先生。こうなったら何もかも正直にお話いたします」
あんたが喋るなや!それにさすがなのは先生じゃねえだろう!
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事件解決をほとんどプレイヤーに丸投げな先生の役割はと言えば、18才以上推奨レーティングに沿った、今どきの中学生でも欲情しないような微エロサービス。
そしてプレイ中に入手できるエクストラアートワークは、松本コンチータ画伯による絵画やプライヴェート写真。
「2時間ドラマ風旅情サスペンスの線を狙ったんですが、プロローグ過ぎたあたりでもうどうにもならなくなりました」レベルのシナリオを、役者の大量動員と松本コンチータ推しで無理やりソフト化したような一本。
そして肝心のコンチータ金田一先生も、業の深い顔立ちとナチュラルにビブラートする声がはまりまくった、女将役冴島奈緒の生真面目な役どころに食われまくり、このサターンが生んだゲームオリジナル探偵は、わずか一作だけで退場を余儀なくされてしまうのであった。

 

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2017/03/16 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【祇園花2 金沢文子編】ニチブツのお家芸

   ↑  2017/03/14 (火)  カテゴリー: PS1
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ナウシカやクリィミーマミに酷似したキャラを脱がしたり、PCエンジン初の公式18禁ソフトを送り出したりと、ニチブツは怖いもの知らずなことを平気でしでかすメーカーだが、そのやんちゃ坊主ぶりは、プレイステーション時代に突入しても健在であった。
『ニチブツマージャン女子高名人戦』という、これまたコテコテなタイトルの作品でプレイステーションに参入した同社は、麻雀、花札、競艇など、お得意のオヤジテイスト路線を展開する。
『祇園花』は、そんなニチブツの花札ゲームシリーズだが、特有の投げっぱなしなストーリー設定と、味わい深いキャラクターデザインを別にすれば、非常にオーソドックスな一作目のインパクトが弱かったことを懸念したのだろうか。このシリーズ第二作では、かつてアーケードやPCエンジンで展開した実写AV麻雀路線を彷彿とさせるような路線に切り替えてきたのだった。
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そして看板娘として引っ張り出されてきたのが金沢文子。"かなぶん"の愛称で知られた、この頃人気絶頂だったAVアイドルだ。
タイトルにも堂々と金沢文子の名をフィーチャー。国民機であるプレイステーションに、セクシー女優の名を冠したソフトを悪びれず送り出す。
ニチブツの怖いもの知らずっぷりは、プレステ時代になっても全く衰えしらずであった。
それにしても、よくこのタイトルにSCEがOKを出したものだ。もしかして担当者は"かなぶん"のことを、まるっきり知らなかったのだろうか。
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時間の止まってしまった世界で唯一動ける主人公が、とあるお屋敷に囚われた"かなぶん"を、こいこい勝負で救い出す、缶チューハイの勢いを借りて10秒で考えついたような、相も変わらずニチブツテイスト溢れる設定。
どうして主人公だけが動けるのかという疑問に対しては、"かなぶん"の使いとかいう妙な人形が、「運命だからじゃない?」なんてアバウトな一言で済ませているが、まぁニチブツおやじゲームのいい加減な設定に、いちいちまともな説明や解釈を求めること自体が馬鹿馬鹿しいので、そこら辺は適当にスルーしておこう。
ちなみにナビゲーター人形の"かなぶん"の紹介文句は、「モデルで活躍している子」。
「微妙に違うだろ!」というツッコミがすかさず入ったことは言うまでもない。
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"かなぶん"解放の為に、屋敷の各部屋に待ち構えている住人たちを、こいこい勝負で打ち倒して行くのだが、こいこいってのは実は基本的にもの凄くバランスの悪いゲームだ。
さらに最初の一手で"月見で一杯"なり、"花見で一杯"を揃えて逃げられてしまうなど、CPU側がズルをする余地がいくらでもあるときている。
そんな釈然としないバランスのこいこいに、何とか勝利するたびに手に入るものはと言えば、"かなぶん"の画像一枚だけ。
しかもどの画像も、パジャマやセーラー服着用の、露出度云々以前のシロモノばかり。
「がんばって!」「早く助けに来て。待ってるわ!」程度の、お約束肉声メッセージすらないときている。
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はい、またもややられてしまいました。これはニチブツお得意の、麻雀や花札にセクシー女優の適当な宣材写真やプロモーション映像をくっつけてでっち上げたゲーム。
金沢文子編というサブタイトルから察するに、恐らくこの後も、適当なAVアイドルのプロモ写真を引っ張り出してきて、似たような続編を次々と作ろうとしたのだろうか? 松本コンチータ編とか、朝倉まりあ編とか……。
そんなニチブツの面の皮の厚さ、バッタ商売っぷりは、アーケードゲーム創成期からの老舗の面目躍如とも言えるだろう。

 

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2017/03/14 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【64花札 天使の約束】少数精鋭主義の極北

   ↑  2017/03/12 (日)  カテゴリー: SFC&N64
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ニンテンドウ64のソフト施策でも一番特徴的だったのは、ラインナップの少数精鋭主義だ。
90年代の任天堂は、クオリティの低いソフトが多く出回ることによって市場に悪影響をもたらす、いわゆるアタリショックの危険性を一貫して唱えてきた。
そしてニンテンドウ64では、これまでの野放図なライセンシーから一転、サードパーティーのソフトに一定のクオリティコントロールを求めて品質の厳選を目論んだ。
しかしそのQCを求めるに足るメーカーたちの多くは、64のソフト開発に関わるコストやリスク、あるいは任天堂による必要以上の管理を嫌い、PSやサターンなどの新たな選択肢に軸足を移してしまう。
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そして自陣に頼んでもないのに居残り続けたのは、「とりあえず麻雀でいいすか?」だの、「相撲と恋愛シミュレーションを合体させましょう!」だの、「テレビでやってるイライラ棒って知ってます? とりあえずアレで一本作ったろと思うんですが?」だのと、クオリティコントロール以前の企画を掲げるファンキーなメーカーばかり。
これには当の任天堂も少数精鋭主義の破綻を早々と覚悟したに違いない。
結果として残ったのは、あまりにも薄いラインナップと、「アタリショックの可能性がある市場>それが無い市場」の現実であった。
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「任天堂さんといえば、やっぱ花札っすよね!」
そんな薄弱な根拠があったのがどうかは知らないが、とにかくスーファミ時代のビジネス慣習そのままに薄いラインナップの中に割り込んできた、ニンテンドウ64の理念からはもっともかけ離れたところにいるソフト、その名は『64花札 天使の約束』。
パッケージの絵を見ただけで早くも肩から必要以上に力が抜けていく気がするが、その中身もスーファミ時代の「とりあえずなんか出しときゃある程度の数は捌けるだろ」スピリットからビタ一文(花札ソフトだけに)進化していない問題児だ。
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「趣味は花札! 渋いだろ!」
開幕早々のたまう18才の主人公。そのストーリーモードの導線はと言えば、"10数年前に、この街の野原である娘と約束を交わしたが、その野原がどこだか思い出せない"。
野原の場所を求めて待ち行く人々に無差別に絡みだす主人公。その後の流れは、そう、「教えたくない」「じゃあ花札で勝ったら教えろ」の定番パターン。
早くもソフトのクオリティに対して何を言ってもムダな状態だ。
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花札通り魔と化して親子連れにすらケンカをふっかける凶獣主人公に対して、その相手たちも負けてはいない。
自分の公務を忘れてこいこいにうつつを抜かした挙句、負けると「お前もしかして犯罪者だな!」と豹変する警察官に、初対面の人間に「おいちょかぶで勝ったらカネを貸してくれ」とナチュラルなカツアゲをふっかけるギャル。
その有様に任天堂も「もうそういうのはソニーさんやセガさんのとこでやってくれませんか?」なんて本音を、ぺらぺらな64のソフトラインナップと天秤にかけて呑み込むのがやっとであろう。
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なんかもう任天堂に代わって、「少数精鋭主義なめるな!」と記されたジャンパーでも着て発売元のアルトロンに押しかけたくもなってくるが、しかしこんなスーファミやPSならば埋没して誰からも振り返られないようなソフトでも、他に代替のない64ソフトの売り場では、それなりのディスプレイで妙にデカいツラして自己主張するのであった。

 

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2017/03/12 | Comment (4) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【麻雀放浪記CLASSIC】阿佐田哲也と任天堂ハード

   ↑  2017/03/09 (木)  カテゴリー: SFC&N64
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任天堂ハードのアティチュードは何よりそのコントローラに如実に現れる。
SWITCHのジョイコン、Wiiのリモコン、そしてその先駆けとなったのが、当初は突飛に見えた3D(サンディー)スティックと変則持ちの64コントローラだ。
このコントローラと新次元の3Dゲーム『スーパーマリオ64』、この2つで任天堂は実に明快に64の目指すあり方を提示したのだが、サードパーティーがそんな理想をまるで消化できず持て余す流れが始まったのも、ニンテンドウ64からだ。
両者の齟齬がくっきりと現れたのが、数少ないラインナップの中に、あまりにも偏りを見せたジャンル分布だ。
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国内で発売された64のソフトはわずか208本(64DD含む)。
その中に『スーパーマリオ64』やセカンドパーティーであったレア社のゲームに対する、サードパーティーからのアンサーと呼べるようなものはごくごくわずか。
代わりにただでさえ少ないラインナップに異常な占有率を誇るのが、麻雀や将棋といったオヤジ系のソフトだ。
いくらそれらのジャンルが、ゲームハードに実際にカネを出す親たちにそれなりの訴求力があるといっても、ものには限度というものがある。
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208本に対して麻雀ゲームの数は7本。他のハードと比較しても、かなりいびつなパーセンテージだろう。
ましてや麻雀ゲームなどそうそう何本も必要となるもんではない。ただでさえ少ないパイを、同ジャンル同士で食いつぶし合い。
「こんなことさせるために64造ったんじゃないんだけどな……」
生みの親である任天堂の胸中は、おそらくこんな感じだったのかもしれない。
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そのKYな麻雀タイトルの中でも飛び抜けて空気を読んでいない1本はfromイマジニア。
戦後間もない焼け跡だらけ東京、幅を利かす進駐軍、闇市、チンチロリン村、ブー麻雀、そしてイカサマ。阿佐田哲也の描く世界は『スーパーマリオ64』からもっともかけ離れた情景であることは間違いないだろう。
このゲーム版『麻雀放浪記CLASSIC』のベースとなったのは、その阿佐田哲也の傑作大衆小説を忠実になぞった同名コミカライズ作品。
阿佐田ワールドのコミック化といえば「哲也-雀聖と呼ばれた男」があるが、こっちはあんな少年誌連載ではない。
もっとも脂ぎっていた頃の近代麻雀オリジナルが出自。当然ギトギト度も「哲也」の比ではない。
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作画を担当した井上孝重は、当時の近代麻雀系コミック誌で小島武夫や灘麻太郎の実録ものを手がけていた劇画家。
そんな人の絵がゲーム機の画面で(しかも任天堂ハードで)展開すること自体が、ちょっとありえない話だ。
ストーリーモードも原作に準拠。開始早々片腕の復員兵が「オレは昨日からタンポポしか食ってねえ」とのたまう光景には、「頼むからここでそういうのやめてくんないかなあ……」なんて任天堂の嘆きが被さってくるようではないか。
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女衒を名乗る人物が堂々とゲーム中に登場するのも、舞台がニンテンドウ64であることを考えればとんでもないことだろう。
このなんのてらいもない阿佐田ワールド全力投球で、密かな麻雀ハード64の中でも、最もエネルギッシュな作品となった『麻雀放浪記CLASSIC』。
それにしても不思議なのは、そもそもなんでこの企画を、よりによってニンテンドウ64で押し通そうとしたのかだが。

 

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2017/03/09 | Comment (2) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【最強羽生将棋】64負のスタート

   ↑  2017/03/07 (火)  カテゴリー: SFC&N64
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任天堂ハードの歴史。それは時代時代のデファクトスタンダードなゲーム機のあり方からの脱却の繰り返し。
その歴代ハードの中でもっとも象徴的な存在なのは、自身が絶対的なデファクトスタンダードであったファミコン、スーパーファミコンの流れから大きく舵を切ったニンテンドウ64だ。
あまりにも独創的なコンセプトやソフト戦略は、圧倒的な市場の支配者であった立場をも自ら反故にする、あまりにも大胆かつあり得ないものであった。
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しかし自ら理想郷を追い求める任天堂に対して、そうはいかないのは64をビジネス的な意味も含めて"さらにスーパーなスーパーファミコン"と単純に捉えてしまったサードパーティーたちだ。
そしてニンテンドウ64の一番の不幸は、スーファミ商売の延長を目論む守旧的なメーカーばっかりが自陣営に留まってしまったことだ。
64の少数精鋭を標榜するソフト戦略は、スーファミ時代は枯れ木も山の賑わいであったそれらのメーカーたちのソフトを、必要以上にクローズアップする結果をもたらしてしまう。
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夢の新ハード、ニンテンドウ64の船出。
オレがその日に目に焼き付いたのは、渾身の『スーパーマリオ64』でも、安定の『パイロットウイングス64』でもない。
量販店に山のように積み上げられ、発売早々ディスカウントの値札が貼られた、羽生善治が写る地味なパッケージ箱だ。
ひいてはそれがニンテンドウ64のファーストインプレッション、さらには後々まで残る64のイメージとなってしまった。
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もちろんゲーム内でファンシーな実写画像で登場しまくる羽生名人に罪はないし、ソフト自体も当時の将棋ゲームの中でも抜きん出た実力を持つ、最強の称号に相応しいものだ。
しかしわずか三本しかないロンチタイトル、そのうちの一つがいつまで経っても店頭に山積みになって、日を追うごとにワイルドな値下げがされていく状況は、ハードのイメージ的にも決して芳しいものではない。
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64の発売から三ヶ月後、ようやくロンチ第二弾の『ウェーブレース64』が着弾。
ユーザーにとっては砂漠のオアシスのような一本だったが、そこから二ヶ月また音沙汰なし。
結局ロンチの年に発売されたタイトルはわずか十本。その状況にあって『最強羽生将棋』は、一向に減る様子がないまま、値段ばかりを下げつついつまでも店頭に残り続けた。
それはせっかくのハードコンセプトの先鋭化に対して、下支えする流通戦略が旧態依然のままであったことの証明でもあった。
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激安価格で我が家にやって来た『最強羽生将棋』も、64の特徴的なコントローラと将棋の微妙な違和感くらいしか印象に残ってない。
そんな『最強羽生将棋』64哀歌のダメ押しを感じたのは、今から約十年くらい昔のこと。
秋葉原の某レトロゲームショップの入り口で、これの箱入り美品が入り口脇の段ボール箱に無造作に詰め込まれ、その横に「ご自由にお持ちください」と貼り紙された光景。
その様子にはさすがにオレもいたたまれず、足早に横を通り過ぎるしかなかったのだった。

 

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2017/03/07 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |