ボンクラ360魂Xbox Oneとの蜜月の日々 

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DVD【全裸BOOT CAMP】とビデオ【全裸エアロビクス】

   ↑  2014/11/10 (月)  カテゴリー: 映画・DVD
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アダルトビデオ界に脈々と続く"全裸もの"と呼ばれるジャンルがある。
セルビデオ勃興期に端を発していて、全裸のお姉ちゃんたちが、ひたすらスポーツや釣りに興じる様子をただ垂れ流す、ある意味ではフェチの極みみたいな企画だ。
創成期のソフトオンデマンドは、ずいぶんとこの"全裸もの"をウリにしていたのだが、一部のニーズにおもねってしまったのか、次第にからみのエッチシーンなどを加味した普通のAVになってしまい、本来の"全裸もの"にあった、あっけらかんとしたバカバカしさは、ほとんど失われてしまった。
それでもピュアな"全裸もの"は、まるでナックルボーラーのように細々と息をつないできたのだが、ゼロ年代の半ばに、その"全裸もの"が久々に息を吹き返すような元ネタが大流行したのだ。そう、ビリーズ・ブートキャンプである。

お姉ちゃんたちを並ばせて揃って運動させる大義名分がたつフィットネスは、元来"全裸もの"と非常に相性がいい。
ましてやビリーズブートキャンプは、安易にパロディ化できる特徴的なスタイルを持っているときてる。
ぶっちゃけ迷彩柄のパンツを履いたおっさんが、「ガンバレ、さあガンバレ」って言ってるだけで、なんとなくビリーズブートキャンプっぽくなってしまうのだから。
チョコボール向井がビリー役を務める「チョコボールブートキャンプ」や、熟女系メーカーマドンナの「マドンナブートキャンプ」、みんな大好きカリビアンコムからも「カリブートキャンプ」など、もう様々なビリーネタビデオが登場したのだが、残念ながらほぼそれらはブートキャンプをイメージテーマにしただけのフツーのAV。

その中にあって唯一の正統派"全裸もの"ブートキャンプと呼べるのが、TMAからリリースされた「全裸BOOT CAMP」。
全裸のお姉ちゃんたちが、ひたすら黙々とフィットネスワークアウトに取り組むだけの、混じりっけのないピュアな全裸作品だ。
「目の前で裸の女性が躍動することで、ダイエットに取り組むモチベーションはアップするのか? メタボな男性に自信を持ってお薦めする作品です」
TMA自らそんなワケの分からないセールストークをかましているが、基本的に全裸という以外は一般のフィットネスビデオとなんら違いがないので、ジリアン・マイケルズやトレーシー・アンダーソンのビデオの代わりに、これを流して自分もフィットネス運動に励むのも充分可能だ。もっとも途中で間違いなくバカバカしくなってくるだろうが。
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創立間もない頃のソフトオンデマンドは、主に"全裸もの"を基幹商品としていたが、その中の一本である「全裸エアロビクス」は、全裸フィットネス系のクラシックとでも呼びたいようなビデオだ。
ぬるいお姉ちゃんたちがぬるい裸体を晒してぬるいエアロビ運動に終始するだけ。その緩みっぱなしでだらけきった内容は、"全裸もの"の極みと言えるだろう。
特にまるでメイキングビデオと見紛うかのような、演出意図のカケラもない惰性のカメラワークは特徴的で、その何も考えずにただカメラを回しているだけの映像は、まるでぬるま湯のような魔力がある。
こちらも本職のエアロビインストラクターが付き添ってマジメに指導しているので、エアロビ運動用ビデオとして一応使えなくもないが、おそらくこっちにしたって途中で間違いなくバカバカしくなってくることだろう。
<パケ画像修正済み>



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2014/11/10 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

映画【殺人ゲームへの招待】

   ↑  2014/10/21 (火)  カテゴリー: 映画・DVD
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『スーパーマリオ』の映画化に我々が苦笑いしていたのも過去の話。もう既にゲームは映画原作の草刈り場としてすっかり定着した。
最近では『テトリス』や『Minecraft』なんて辺りまでもが、貪欲なハリウッドのターゲットになっているようだが、しかし過去のゲーム原作映画は、そのいずれもがゲームのキャラクターや設定を借りてきて、そこに適当な脚本を乗っけたものばかり。
ゲームの構造やシステムそのものを映画化したわけじゃないし、例えゲームのことを知らなくたって観る側には一切支障はない。
ではそんな"真のゲーム映画"は皆無なのだろうか。いや、実はおそらく最古のゲーム映画こそが、ゲームの構造を忠実に映像化した"真のゲーム映画"だ。
その映画は1985年に公開された「殺人ゲームへの招待」。そしてその元となったのは、推理ボードゲームのスタンダード、『クルード』(CRUE)
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「殺人ゲームへの招待」が奇を衒っていたのは、当時としては珍らしいゲームを原作とする出自だけではない。
この映画には3種類の異なる結末が用意されて、本国では上映館ごとに、そのエンディングが異なるというギミックで公開されていた。
つまり全ての真相をコンプしようとしたら、3軒の映画館をハシゴしなければならないのだ。
曰く有りげな洋館に曰く有りげな6人の招待客。それを迎える執事は、もっとも曰く有りげな「ロッキー・ホラー・ショー」のティム・カリー。
そこに被さるのは、「この映画はボードゲームCRUEを原作とする」という断り書きのテロップ。
そう、"真のゲーム映画"である「殺人ゲームの招待」は、観る側が『クルード』のことを理解してなければ話が始まらないのだ。
さもないと招待客たちに、グリーン、ピーコック、ホワイト、プラム、マスタード、スカーレットという便宜上の名前が与えられる理由など、さっぱり分からないことだろう。

6人の招待客の他に屋敷に居るのは、彼らを呼び集めたホストのミスター・ボディと、執事のワーズワース、メイドのイベット、そしてコック。
執事ら3人の使用人は、ゲームには出てこない映画オリジナルのキャラだが、ティム・カリーが演じるワーズワースは、物語のキーマンとなる重要なキャラ。
リビングに集められる一同。そして消される照明。再び灯りが戻ると、ミスター・ボディが死んでいる!
そして6人の手には、灯りが消される前にミスター・ボディから渡された、ロープ、燭台、拳銃、レンチ、ナイフ、鉄パイプ、いずれも人殺しの凶器に充分なりそうなブツが。ミスター・ボディを殺したのは、この中の誰か!?

随所に散りばめられているのは、秘密の通路、バラバラに分かれての屋敷の探索、そして一同律儀に一カ所に集まっての告発と、ゲームをプレイした者ならば、思わずにやついてしまうようなお約束。
『クルード』のお約束が何よりも最優先するために、厳密なミステリとしては、ところどころに理不尽だったり、整合性に欠けている部分があったりするが、それらは全て原作のゲームに内包されているもの。
スタッフはそれを承知の上で、そんなつじつまの合わない部分も、あえて映画の中に盛り込んでいるのだ。
『クルード』のことを全く知らずに、ミステリ映画の一種だと思ってこの映画をうっかり観てしまうと肩透かしを喰らうかも知れない。この映画はあくまでゲーム映画であって、ミステリ映画ではないからだ。

「殺人ゲームの招待」のもう一つの魅力は、クリストファー・ロイドやマイケル・マッキーン、マデリン・カーンといった一癖も二癖もある役者たちの丁々発止のやりとり。
脚本がかなり舞台劇を意識した造りなだけに、これら曲者俳優たちの台詞の掛け合いは実に見応えがある。
パンク・ニューウェーブ好きにとって見逃せない密かなポイントは2人の脇役。
最初に殺されるミスター・ボディを演じるのは、リー・ヴィング。名曲"I Don't Care About You"で知られる西海岸パンクの草分け的バンド、Fearのリードシンガーだ(リーは名作「ストリート・オブ・ファイヤー」でも暴走族のナンバー2役で出演し、かなりのインパクトを残している)。
そして出るなりあっさりと殺される"歌う電報配達"役は、Go-Go'sのギタリスト、ジェーン・ウィードリン。その見事な殺されっぷりはなんともキュート。
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さんざんプレイして馴染んだ盤面が、駒が、そしてゲームプレイの様子がビジュアル化され、そしてそれに実力派の役者たちが命を吹き込む。
ハリウッド映画の単なるお手軽な素材にとどまらない、唯一にして孤高の"真のゲーム映画"「殺人ゲームへの招待」。
現在ソフト化されているバージョンは、3種類のエンディングを全て収録しているので、原作ゲーム同様の無理矢理な結末を万遍なく体験できるだろう。

<Xbox Videoで配信中>



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2014/10/21 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

映画【人蛇大戦・蛇】

   ↑  2014/07/14 (月)  カテゴリー: 映画・DVD
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「着ぐるみはCGと違って魂がある」は、特撮界隈で何かと槍玉にあげられる老害発言だが、しかしこと動物パニック系の映画に関しては、CGの蔓延がジャンル自体の首を締めているような気がしてならない。
特にアサイラムあたりが作るろくでもない巨大動物パニック映画の、あまりにも安直なCGへの依存を見るたびにその思いを強くするのだが、だからと言ってそれと比較して「ジャイアントスパイダー大襲来」のハリボテクモは魂が入ってるなどとのたまうつもりもさらさらない。
当時は思わず笑ってしまったけど、アレは冷静に考えれば怒って「カネ返せ!」と叫ぶべきところだろう。
まあ要はCGだから着ぐるみだからではなく、人様にお見せするために手間ひまかけているか、手を抜いてるかのの違いなのだが、その筋でゆくと「ガチのホンモノをめまいがするくらい大量に用意しました!」なんてのは、動物パニック映画においては鏡みたいな話なのかもしれない。
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高層マンションの建設現場で、基礎を作るために穴をほっていたら、大量の生きた蛇が出土!
「そんなもん構わないからぶっ殺して工事続けろ!」と、施工主であるマンションオーナーの、立場的にはごく真っ当な一言に、哀れこの大量の蛇たちは重機で潰されるわスコップで叩き殺されるわの虐殺の憂き目に。
殺される蛇たちが、ほぼ真正のホンモノであるところが、早くも胸焼けしてくる。
当時のオレ、物好きにもこの映画をわざわざ劇場まで観に行って、胴を寸断された生蛇がのたうち回るが巨大スクリーンを前に、「何でこんな映画観ようと思っちゃったんだろうなあ……」と早くも大後悔。
この後、オーナーや工事関係者、さらにはマンションの住人たちが蛇の報復に遭う因果応報は、もはや定番のお決まりだが、その前に前菜代わりに差し挟まれるのが、蛇軍団の首魁である全長10数メートルの巨大蛇(これはさすがに造り物)と、蛇退治プロの爺さんとのカンフーバトル。
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ワイヤーアクションまで駆使した迫力の異種族格闘技戦を経て、一旦は矛を収めた蛇軍団だが、もちろんこのままで済むわけはなかった。
いよいよマンションお披露目の日。オーナーを始め関係者に、綺麗どころから巨デブ女まで、蛇と絡み甲斐のある若い女性たちが一堂に介したときを狙って、いよいよガチ蛇軍団の本格的出撃!
うにょろにょろにょろにょろ~と、まるでリミッターが解除された流しそうめんの如き勢いで進撃するガチ蛇軍団。
これと遭遇した人間たちは、このリアル蛇の群れに転がり込み、悲鳴と共に自ら蛇どもを体に巻きつけながら、蛇の山の中で悶絶しなければならないのだ。
生蛇を物ともしない台湾の見上げた女優魂を前に、おそらく観る者は「無理しないで他の仕事を探せよ……」なんて感想しか出てこないだろう。
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このビル中を呑み込む大量のガチ蛇パニックに、出動するのは軍でも警察でもなく消防隊。
そう、この映画、実は当時大ヒットを記録した超高層ビルの火災パニック映画「タワーリング・インフェルノ」を下敷きにしているのだ。
ドアの隙間から漏れだす火災の煙の描写は、ドアの隙間からにょろにょろと這い出る大量のガチ蛇に。逃げようとドアに殺到した客たちが、開けた扉からバックドラフトの炎に包み込まれる描写は、開けたドアからどぼどぼどぼーっと雪崩れ込んでくる大量のガチ蛇に。
流行りの映画をパクっていっちょ儲けたろというやり口は、映画界においては常套手段だが、それを炎の代わりに生きた大量の蛇に置き換えようという考えは、やはり尋常じゃない。もしかしてセットを燃やすよりも、生きた蛇の方がはるかに安上がりだったのだろうか。
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ホースを片手に消火の要領で蛇軍団を制圧して、ビルの上階に突き進む消防隊の行く手を阻むのは、あのカンフー使いの大蛇。
大蛇はワイヤーアクションの大盤振る舞いで消防隊を迎撃。対する消防隊の秘密兵器は火炎放射器。なんで消防がそんなもんを持ってる!?
最低でも数千匹のリアル蛇が乱舞する(その蛇の殉職率は5割を軽く超えてそう)、例え志が低くとも手間暇をきっちりかけた見世物のど迫力は、アサイラムの気の抜けたCG動物パニック映画を観慣れた目に、はたしてどれほどのインパクトを与えるであろうか。



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2014/07/14 | Comment (2) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

映画【アローン・イン・ザ・ダーク】

   ↑  2014/06/14 (土)  カテゴリー: 映画・DVD
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『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド』『FarCry』『ダンジョンシージ』『ブラッドレイン』『Postal』。
ドイツ映画界の問題児ウーヴェ・ボルが、過去に権利を獲得して映画化したゲームたちである。
そう、この男、なかなかの目利きだ。原作となるゲームをチョイスするセンスにかけては、ハリウッドのエージェントなんかよりも遥かに気が利いている。

もちろんその卓越したセンスが、ゲームファンや映画ファンにちっとも還元されないことは、彼の手がけたゲーム映画をうっかり観てしまった方なら、とうにご承知であろう。
原作のゲームとはほとんど無関係な内容の駄映画を世に放ち、それを観た酔狂な映画好きが「原作のゲームのことはよく知りませんが、映画は間違いなくうんこです」なんて感想を漏らして終わる非生産的なルーチンは、彼の作品では毎度お馴染みのことだ。

ついちょっと前には映画版「Postal 2」の制作資金を無謀にもKickstarterで募っていたが、当然のごとくお金は集まるわけもなかった。
業を煮やした彼は、「なんで『Postal』のファンはカネを出さねえんだ!」(「なんでゲームの『Postal』が好きだからって、お前の映画にカネを出さなきゃならねえんだ?」と誰しも思うが、それは極めて常識的な反応だろう)と怒り狂い、さらには「『Postal』のファンはみんな貧乏人のワレザーだ!」と、真理をつく鋭い分析力を交えた逆ギレに至った。
この厚かましさと他者の反応に意外と敏感な繊細さの、怠惰で発展性のないカップルみたいな同居こそが、作品には決して反映されない人間ウーヴェ・ボルの真骨頂であろう。
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ゲーム史に燦然と輝くエポックメイカー『アローン・イン・ザ・ダーク』も、このボルの鋭いゲーム嗅覚に不幸にも捕まってしまったクチだ。
ボルのもう一つの罪作りなところは、マイケル・パレを筆頭に、ウド・キア、レイ・リオッタ、エドワード・ファーロングといった、例え一瞬といえども華やかなスポットライトを浴びた人たちを引っ張り出してきて、彼らの都落ち的な現状をより一層強調させてしまうことだ。
そしてこのボル版「アローン・イン・ザ・ダーク」に引っ張りだされた"昔のスター"はクリスチャン・スレーター。
彼が演じるのはもちろん原作ゲームの主役エドワード・カーンビーだが、ボル映画ではこれまたお馴染みのことに、この主人公は名前だけは同じだけど、原作のカーンビーとはまるっきりリンクしない存在であるのは、これまた言うまでもないだろう。

上っ面だけスタイリッシュで、ひたすらチャラい銃撃戦シーンや格闘アクションを軸に、「これのどこがアローン・イン・ザ・ダークなんですか?」と無表情で問い質したくなるような、極めてどうでもいい物語が進行する安定のボルワールド。
ボルや河崎実みたいな映画ジャイアンは、「人からどう言われようとクリエイティブな姿勢を貫くオレが正しい」という信念を頑なに抱いていて、それは確かに正論でもあるのだが、「あんたが無為なシロモノを世に出すことを自制するするほうが、はるかにクリエイティブだ」というこちらの見解にだって、それなりの正当性があるだろう。

そんなボルではあるが、継続はなんとやら、あれだけボロクソに言われまくってもしぶとく映画を撮りまくった甲斐があったのか(さすがに彼に映画化権を売る粗忽なゲーム会社は、もう現れないようだが)、最近の作品は、どれも"面白くはないんだけど、飛び抜けて酷くもない"という、極めてどうでもいいクオリティに落ち着いてしまって、これを彼の成長と見るか堕落と見るのかは大きく意見の別れるところだ。



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2014/06/14 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

映画【びんばりハイスクール】

   ↑  2014/05/18 (日)  カテゴリー: 映画・DVD
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よくコミックの映画化の話が持ち上がるたびに、「実写化にろくなものは無し」みたいな声で溢れかえりますが、私なんかはそれを聞いていつも「むしろ実写化はハズレの方が少ないだろ」と奇異に感じていました。
先日亡くなった、「トラック野郎」シリーズで知られる鈴木則文監督は、そのキャリアの晩年は主に人気漫画の映画化が主でしたが、「伊賀野カバ丸」に「コータローまかりとおる!」、「ザ・サムライ」といったそれらの作品に触れていたことが、私のコミックの実写化映画に対するイメージを高めているのかもしれません。
そして監督が最後にメガホンを取った映画もコミック原作。
石井まゆみの「びんばりハイスクール」は、80年代末に週刊少女フレンドで連載されていた「スケバン刑事」系統のコミックでしたが、実写化された「スケバン刑事」が原作とは似て非なる道を歩んだのと同様に、鈴木監督の手を経たこの「びんばりハイスクール」も、設定やキャラクター相関を借りてはいても、そのムードは原作とはまったく異なります。
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コミックと実写映画は、そりゃ多少の違いはあっても当たり前というおおらかな時代だからこそ許されていたこともあるでしょうが、鈴木監督は「伊賀野カバ丸」や「コータローまかりとおる!」のときと同様に、原作に対するアバウトな認識や解釈を、その職人芸と和製スタントアクションチーム(本作では倉田プロモーション)の力できっちりと落とし前をつけています。
主人公の織田陽湖は正義感の強いヤンキー女子高生という、いかにも80年代らしいキャラクター。
それを演じるのは新人の藤瀬かおり。この時代はちょっと陰と険のあるヒロインがもてはやされていましたが、藤瀬はそれをさらにハードコアに煮詰めたような女優さん。
ぶっきらぼうでちょっぴり刺のある佇まいはかなり魅力的なのですが、これ以外に代表作がないまま表舞台から姿を消してしまったのが実に惜しまれます。
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彼女が転校先で学園の封建支配を目論むお嬢様と対決するのが主なあらすじ。
学園エリートのくせしてどっからどうみても東映顔ばかりの面々を従えたお嬢様役は、元ミスマガジンの日原麻貴。
そして二人の間でまるで運動会の綱引きのように引っ張りっこされる色男は竹内力。
今ではにわかに信じられないことかもしれませんが、当時の力さんは「爽やかだけど問題解決には何一つ役に立たないイケメン」なんて役柄を得意としていました。
案の定、力さんは二人の嫉妬心を焚きつけるだけ焚きつけて、とっとと退場。さあ、後に残されたのは日原&楯の会みたいな風体のエリート体育会系学園自警団と藤瀬&落ちこぼれヤンキー軍団プラス一般生たちの対立(この構図にオタクが一枚も噛んでいないのは、当時はオタたちが人権はおろかその存在すら認知されてなかったからです)。
そして学園の自由をめぐる二派の争いは、タイアップした日通のロゴがあちこちに映りまくる港湾地区で、倉田プロモーション大盤振る舞いのスチャラカ大乱闘クライマックスを迎えます。
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何故か福岡ダイエーホークスのスタジャンを愛用する藤瀬。私服の下にプロレスコスチュームを着用している準備のよさで乱闘に参加してくるキューティ鈴木。その巨大なヘアスタイルを収めるためにザクみたいな特殊ヘルメットを被る塩沢とき。そしてお色気セクシーショット担当は片桐はいり。鈴木監督ならでは無意味なサービスもあちこちにてんこもり。
百合っぽいムードがことごとく上滑りしてしまうのも、これまた鈴木監督らしいところです。
やたらと男臭い映画をさんざん撮ってきたロバート・アルドリッチの遺作は、きっぷのいい女たちの世界を描いた「カリフォルニア・ドールズ」でしたが、鈴木則文監督の現役の最後を飾った作品も、これまたカラッと小気味いい女子高生アクションなのでした。

<未DVD化>



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2014/05/18 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |