ボンクラ360魂Xbox Oneとの蜜月の日々 

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【悪夢の館 ~コギャルV.S.ゾンビ~】非エロゲー系エロゲー

   ↑  2016/04/13 (水)  カテゴリー: PCゲーム
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非エロゲー系エロゲー。
めちゃくちゃ矛盾した言葉だが、とにかくオレがそう名づけて分類しているジャンルがある。
独自のカルチャーと愛好家層を築き上げて今も脈々と続く従来の二次元系エロゲーとは異なる土壌から生まれたアダルトゲームのことだ。
わかりやすく言うと、パソコンパラダイスやメガストアでは絶対取り上げられないようなエロゲーである。
PC-98に育まれた二次元系エロゲーに対して、これら非エロゲー系エロゲーはWindows95のブームと、それに伴うパソコンの爆発的な普及を背景に生まれた。
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この一般層へのパソコンの広まりを新しい販路の誕生と錯覚したのが、アダルトビデオ系のメーカーや流通の人たちだ。
その思惑により95年から97年にかけて、Windows用のアダルトCD-ROMやゲームが大量に生み出されたのであった。
彼らの最大の強みは、アダルト映像やスチールの素材には事欠かないこと。
一方で致命的な欠点となったのは、ゲームを作るノウハウがまったくないことであった。
だがとりあえずゲームという形をとると決めちゃった限りは、方向キーを押せばキャラクターが動くとか、ボタンを押せば弾が出るとか、なんとかそれっぽい体裁にしなければならない。
こうして非エロゲー系エロゲーは、そのほとんどが"そこらの中学生がMSXで作った初めてのゲーム"以下のシロモノばかりで占められる惨状となったのだ。
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黎明期のゲオも、そんな非エロゲー系エロゲーに参入していたクチだ。
『悪夢の館 ~コギャルV.S.ゾンビ~』。そんなレンタルビデオバブル期のZ級駄ホラー映画邦題を思わせるようなタイトルに、非エロゲー系エロゲーのすべてが集約されてるといっていいだろう。
非エロゲー系エロゲーのつくり手にも、ゲームには設定というか、一応の導線が必要なことはなんとなく理解している。
「ここは悪夢の館。その人にとっての恐怖が形となって現れるところだ。この館にひそんでいるのは性欲。いますぐ逃げなさい。しかし出口を開けるには鍵が必要だ。性欲の固まりとなったゾンビに捕まらないよに鍵を手に入れるのだよ」
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原初のアーケードゲームのようなアバウトな設定が、ボイス入りで悠長に語られるイントロダクションに、思わず苦笑が漏れてくるが、しかしそれもゲームを始めるまで。
肝心の本編は、悪夢の館に迷い込んだ自称コギャルのナナちゃんを方向アイコンで操作して、5つの扉から鍵を探すだけという、ゲームの原初からさらに大幅に退化した単なる5択の作業なのであった。
鍵のない扉に入ってしまったら服を1枚剥がされ、全裸になればゲームオーバー。
ちなみに性欲の固まりのゾンビとやらは、画面のそこら中に蠢いているが、氷河並みのスピードでもそもそと動くだけなので、これに捕まるほうがむしろ至難の業だろう。
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場末のお化け屋敷のような脱力ボイスばかりが耳に残り、プレイヤーに別の意味で悪夢を感じさせてくれるゲーム本編だが、しかしこうしたどうでもいいゲーム本編は、非エロゲー系エロゲーにとっては、ありがた迷惑な義務みたいなもの。
鍵を手に入れて無事悪夢世界から脱出できれば、いよいよご褒美の実写アダルトムービー鑑賞タイムだ(ちなみにゲーム本編をクリアせずとも、エクストラから普通に観ることができたりするが、そういう細かいことを気にしていたら非エロゲー系エロゲーとは付き合えない)。
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だが舞い上がってはいけない。使われる映像素材が揃いもそろって客の食べ残したパセリみたいな使い回しであることも、非エロゲー系エロゲーのもう一つの常識なのだ。
ここで観られるムービーも、案の定10年前の古物(本作の発売が96年。そこからさらに10年近く前のシロモノだ)。
そんなピンク映画レベルAVのさらに断片が、クイックタイムの粗く小さい画面で流れても、それはご褒美というよりは一種の嫌がらせみたいなものだ。
コギャルは無事悪夢の館から脱出できた。しかしこんなゲームを手に入れてしまった者の悪夢は、もはや文化財レベルのエロ動画を前にまだまだ続くのであった。

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2016/04/13 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク】月下の青春群像劇

   ↑  2016/04/05 (火)  カテゴリー: PCゲーム
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木原敏江の代表作に「摩利と新吾」という大河長編がある。戦前の全寮制男子校を舞台にした青春ドラマでオレのフェイバリットコミックの一つだ。
がさつで薄汚いだけの現実のそれとは違って、見目麗しい美形が青春を謳歌する想像と妄想の世界の男子寮は常に美しい。
やはり昭和初期の旧制高校を舞台にした『薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク』の寮もそうだ。
眉目秀麗で文武に優れた若者たちが学ぶエリート校。そこは教師はもちろんのこと、小間使いすらも超美形ときている。
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月の下の陵辱劇。襲われたのはそのちょっとワケありの生い立ちを持つ小間使い。
そして小間使い、日向要が慕う生物教師のもとに、陵辱の現場を収めた写真が届けられる。
脅迫とも嫌がらせともつかない謎の差出人は、果たして陵辱犯とイコールなのか。要の犯人探しには、やがて学校の中でも際立つ美形たちが絡みだし、それぞれに葛藤やコンプレックスを抱えたドラマを織りなすのであった。
愛好者それぞれの極めてパーソナルな嗜好に左右されるボーイズラブゲームは、他のジャンルのように万人が認める名作というものが、なかなか生まれにくい土壌がある。
その中にあって『薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク』はBLゲームでは珍しい、傑作の共通認識が高い作品だ。
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シチュエーション、キャラクター、シナリオ、すべてが高水準でまとめ上げられたこのゲームの中で一層際立っているのは、主要キャラクターを受け攻めリバーシブルに自由に掛けあわせて進行させ、それでいて破綻らしい破綻がまったくない、カップリングという行為そのものを根幹に据えたそのゲームシステムだ。
ニヒルで奔放な名家のぼんぼんに寡黙で朴訥な剣道の猛者。小生意気な赤毛の潔癖症と、その従属のような気の弱いおかっぱ頭の下級生コンビ、そして学校の近くに居を構えるハーフの猟奇探偵作家。
受け、攻め、それぞれに違った適性を持つような面々だが、しかしゲームを進めてキャラクターたちの隠された一面や心の闇が明らかになってくると、もう表面的なイメージによるカップリングでは物足りなくなってくるだろう。
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ただしそれぞれのキャラクターには、やはり厳然とした攻め体質、受け体質が存在する。
基本受け体質のキャラを攻め側に回す為には、組み合わせポイントと呼ばれる数値を莫大に消費しなければならない。
また一日ごとに割り振られる組み合わせポイントには上限があるので、受けキャラを攻め側に回すカップリングを作ると、その日に成立できるカップリングの数が激減してしまうデメリットもある。
この受け攻め逆転カップリングの数を重ねていくと、受けキャラの攻めポイントが少しずつ上昇し、攻めキャラの攻めポイントがやはり少しずつ減少する。
そして二人の攻めポイントの数値が逆転すると立場も逆転。そして無骨やニヒルの思わぬ一面、思わぬ痴態が次第に露わになっていくのだ。
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カップリングによりキャラクターごとにそれぞれ出現するシナリオは、さらに受け攻めの反転と純愛陵辱のルート分岐により、さらに多岐に広がる。
多感な時期は若者にモザイクのように絡み合った多面な心の奥底をもたらす。そしてそれはもっとも親密な人との関係の信頼や不信や葛藤によって、内壁を打ち破って露わになったりする。
別のカップリング、別のシナリオによって浮かび上がる、キャラクターたちの隠された一面と来るべき未来の姿。
月明かりと薔薇の花に囲まれた耽美な学園で繰り広げられるのは、実は王道の青春群像劇。
後にPS2やPSPへの移植も果たした、エバーグリーンの名作である。

 

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2016/04/05 | Comment (2) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Nancy Drew: Message in a Haunted Mansion】少女探偵ナンシー

   ↑  2016/03/20 (日)  カテゴリー: PCゲーム
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社交的で正義感に溢れ、強い洞察力と逞しい行動力を兼ね備えたアメリカの正しい少女たちの理想像。
少女探偵ナンシー・ドルーは、アメリカでもっともポピュラーな少女向けミステリーシリーズの主人公。
ナンシー・ドルーのデビュー作がこの世に出たのはなんと1930年。以降、複数作家体制の下、数えきれないほどのシリーズ作を生み出した、まさにアメリカの国民的児童文学だ。
日本においても主にジュブナイル系の文庫を中心に古くから翻訳版が出され、それは本国同様に表紙やキャラクターイメージを時代に合わせてモデルチェンジしながら何度も版を重ねてきた。
Kindle版もある創元推理文庫と、ライトノベルと見間違えるような表紙に装いを変えた金の星社版が、現行ではもっとも入手しやすい翻訳版だ。
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原作本の数も膨大なら、そのゲームの数もハンパじゃない。
90年代の末期に登場したナンシー・ドルーのゲーム化作品は、年に2本という驚異的なペースでシリーズを重ね、現在までに出たその数は30本余り。
流行りのディティクティブヒドゥン(アイテム探し)の体裁をとった傍流シリーズもあるが、その正編はポイント&クリックを規範とした伝統的なミステリアドベンチャーゲームだ。
これらはゼロ年代に秋葉原を中心に栄えていた輸入PCゲームショップによく入荷されていたが、作品のテーマ&コンセプトが国内PCゲーマーの嗜好と絶望的なまでにそりが合わず、セール品の常連となっていたりした。
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あと面白いところで目についたのは、子供向け英会話教材を扱う通販ショップのラインナップ。
元々が低年齢層に向けたゲーム。使われている英文も比較的平易なことから、10代くらいの英会話のテキストに適していたのだろう。
もちろんその恩恵は大人のゲーマーにも同様で、英語ミステリADVの入門編としては、実にうってつけの存在であった。
この『Message in a Haunted Mansion』は、そのゲーム版ナンシーのシリーズ3作目(2000年発売)。
シリーズの中で唯一携帯ゲーム機(ゲームボーイアドバンス)にも移植された作品だ。
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舞台となるのはサンフランシスコにあるビクトリア調の古い屋敷。そこで起こる幽霊騒ぎに持ち前の洞察力で挑む(首を突っ込む)のは、我らが少女探偵ナンシー。
屋敷内を主観視点で移動し画面内の気になるところをポイント&クリック。要所要所で適度なパズルが立ちふさがる伝統のスタイル。
今回は屋敷の中にある東洋のオブジェの数々が、怪奇現象の影に隠された真相を突き止めるための大きなキーポイントとなるのミソ。
子、丑、寅、卯、辰、巳……、我々にとってはなんてことなく順番を諳んじられる干支が、ナンシー(と主たるプレイヤーの米国少年少女たち)にとっては、最大の難問となって立ちふさがるのであった。
アメリカ人が漢字で右往左往する姿を、ローティーン向け英文テキストをたどたどしく読み進めながら眺めるのも、なんとも味わい深いものがあるだろう。

 

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2016/03/20 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【The Apprentice: Los Angeles】トランプを信じろ

   ↑  2016/02/10 (水)  カテゴリー: PCゲーム
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長期に渡るアメリカ大統領選の序盤の山場、ニューハンプシャー州予備選。これを制したのは民主党バーニー・サンダース、そして共和党はドナルド・トランプ。
数年前であったら間違いなく泡沫もいいところだった両者の躍進で、この世界一の大国のリーダーを決める争いは、史上稀に見るスチャラカな様相を呈してきた。
両者が支持を集める理由は多々あるが、どんなワケがあるにせよ、方や社会主義者を公言するアメリカ政界きっての左派、方やWWEのリングでストーンコールドにスタナーでふっ飛ばされていた人とあっては、あまりにも針が極端に振れ過ぎているのではないだろうか。
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それにしてもおさまる気配のないトランプ旋風。
80年代のハート旋風を始めとして、予備選の序盤で躍進した者は、その後ガタッと失速するのが常であったが、共和党の他の候補が揃いも揃って煮え切らない連中であることが幸い(災い)してか、いったん翳りの見えた勢いが再び上向きになってきたようだ。
1年前なら鼻で笑われていた共和党正大統領候補ドナルド・トランプも、今や現実味のない話ではなくなった。
アメリカ大統領といえば世界のリーダー。その座にトランプが就くことになったら、どんな突飛な近未来フィクションも、すべてぶっ飛んでしまうような話である。
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そのドナルド・トランプを看板に据えて放映されていたNBCのテレビ番組が「The Apprentice」。
「サバイバー」のプロデューサー、マーク・バーネットが手がけた番組で、十数名の参加者がたった一つの"ドナルド・トランプの書生"の座を巡って、毎週熾烈な蹴落としあいを展開するリアリティーショーだ。
「サバイバー」の参加者たちは、まだ"欲に目がくらんだ普通の人"程度で救いがあったが、この「The Apprentice」の参加者たちは、揃いも揃ってギトギトの立身出世欲を漲らせたエリートたちばかり。
番組の醸し出す脂ぎった毒々しさは「サバイバー」の比ではない。
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その「The Apprentice」のオフィシャルゲームが本作。
原作番組でお馴染み腹黒エリートたちとの熾烈なアピール合戦に打ち勝って、ドナルド・トランプのお側に仕える栄誉を手に入れ、サンダースを支持するような貧乏学生を踏みつけて生きる資本主義社会の成功者を目指すのだ。
しかし自らの後継者を見出さんとするトランプの目は厳しい。
彼が最初に参加者たちに突きつけたクエストは、ビジネス修行という名目の寿司屋での労働、…………という名目の、どっかで見たことあるような新鮮味のかけらもないタイムマネジメントゲームの強要。
だがここで「『Cake Mania』の出涸らしみたいなゲームでお茶を濁すんじゃねえ!」とブチ切れるような手合は、しょせんは資本主義社会の負け犬候補なのだ。
トランプ氏が我々に求めているのは、あらゆる理不尽が想定されるビジネス社会で揉まれるために忍耐なのである。
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続く第二ステージはブティックを舞台にした、どっかで見たことあるような新鮮味のかけらもないタイムマネジメントゲームの強要。
だがここで「スマホで『Supermarket Management』やったほうがまだマシだコノヤロウ!」とブチ切れるような手合は、しょせんは資本主義社会の負け犬候補なのだ。
トランプ氏が我々に求めているのは、うんざりするほどのマンネリな展開からビジネスの勝機を見つけ出す閃きなのだ。
そして第三ステージはビーチを舞台にした、どっかで見たことあるような新鮮味のかけらもないタイムマネジメントゲームの強要。
だがここで「『Diner Dash』の出来損ないが今の時代に通用するうと思ってるのかコラ!」とブチ切れるような手合は、しょせんは資本主義社会の負け犬候補なのだ。
トランプ氏が我々に求めているのは、廃材みたいなゲームに適当な看板つけて商売にしてしまうビジネスのアイディアなのだ。
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こうして苦難をくぐり抜けてきた勝者たちを最後に迎えるのは、トランプタワー最上階ボードルームでの決勝ディベート、…………という名目の単なる神経衰弱。
ここまで来るとさすがに「いいかげんにしろ、このヅラ野郎!」の声を抑えるのも困難となってくるが、しかしここで激情に駆られたらすべてが水の泡である。
なにせ相手は今や大統領の座に近い男。
かつて我々はパワードスーツを身にまとって、アメリカの敵をホワイトハウスごと吹っ飛ばす大統領のゲームに喝采を送ったが、そんな破天荒なフィクションを軽々と凌駕する大統領が、現実にやって来るのかもしれないのだ。

 


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2016/02/10 | Comment (4) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Prison Tycoon】罪人を統べる者

   ↑  2016/02/01 (月)  カテゴリー: PCゲーム
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90年代の終わりから2000年代初めにかけてPCゲーム界隈で活況を呈し、多くの作品を生み出したジャンルにサンドボックス型の経営シミュレーションがある。
ちまちまと細かいキャラが蠢く箱庭の中に建物やオブジェクトを配置して管理する。
大元をたどれば『Sim City』に行き着くのだろうが、その後継のほとんどは、遊園地や病院、学校など、さらに細分化された空間を題材にしていた。
"なんとかタイクーン"ってのは、これら箱庭経営シムのメーカーを超えた冠号みたいなもんである。
しかしこの一時は大いに栄えたジャンルも、ゼロ年代も半ばを前にアッという間に凋落してしまった。
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画面の中の細かいをオブジェクトを管理するこれらのゲームは、ハクスラ系RPG同様にパソコンの高解像度モニターの上でしか立脚しえないジャンルであった。
そしてそれはプレイヤーの目とモニターが極めて近い関係に位置することでも成り立っている。
しかしそんなPCゲームならではのアドバンテージも、テレビの性能向上の前に効力を失うこととなる。
ちまちました細かいキャラクターを表示することなどおぼつかなかったコンポジット接続のブラウン管テレビは過去のもの。
映像表現力を大幅に向上させたテレビは、ゲームのジャンルにおいてもPCとコンソール機の統合を促すのであった。
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そうなってしまうと、マウスを片手にPCモニターに顔をくっつけるようにしてプレイしていたジャンルが凋落するのは、もはや必然のことだったのだろう。
かって様々なシリーズを世に送り出してきた箱庭経営シムも、コンソール機にアジャストできたごく一部を除いて、今では見る影もない。
ジャンルそのものが決して消滅したわけではない。それらは現在モバイルゲーム界隈に順応して、実はかなりの盛況ぶりだったりもするのだが、しかしハクスラRPG同様、過去にこのジャンルを愛していた者にとっては、現在のその姿はやはり別物に映っていることだろう。
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『Prison Tycoon』は、そんないにしえの箱庭経営シムの一つ。都合4作が出た人気シリーズの初代だ。
カリフォルニアの海岸、南部の砂漠、そしてイーストコーストの島、いずれかの敷地を選んで、何も無い更地に獄舎や監視塔やレクリエーション施設や作業場などを建設し、そこに集められた囚人たちを管理監督し、彼らが更生して社会復帰する手助けをする。
囚人を迎えるのに最低限必要なのは獄舎。それさえ整えれば、その土地ならではの交通機関に輸送されて、オレンジの囚人服に身を包んだ服役囚たちがやって来る。
「アルカトラズの脱出」のパトリック・マクグーハン演ずる所長を見習って、せいぜい囚人どもに舐められないようにしたいものだ。
「よし!貴様ら、死体袋に入って出所したくなかったら、せいぜい従順な子羊に徹する事だな。囚人は生かさず殺さずが当刑務所のスローガンだ。しかと心得よ!」
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そんな所長訓示などお構い無しに雑居房で多発するケンカ。方方で騒ぎを起こしてきた奴らを一箇所に集めて、何かが起こらないほうがどうかしている。
とは言えこれを放っておくわけにもいかない。
マウスクリックで囚人をピンセットよろしくつまみあげ、ケンカ相手と離れた場所でリリース。
だけど囚人のムードステータスが常に"ムカつき"状態を維持したままなので、問題の根本的解決には全くならない。他の囚人と顔を付き合わせれば、またケンカが勃発するだけだ。
この刑務所は、まだ雑居房の獄舎が二棟あるだけの貧弱な設備。当然収監されてくる連中も、揃いも揃ってケチな軽犯罪者ばかりななのだが、その比較的扱い易いはずのチンピラたちでさえ、こうも血の気が多いとは。
貴様ら何をそんなに怒っているんだ? いったい何が不満なんだ!?
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……すまん、そう言えば食堂をまだ作ってなかった。もう一週間も飲まず食わずだったのか。そんだけ腹が減ればそりゃ気も立ってくるだろう。ホントすまん。
食堂を作ってなんとか連中をなだめ、看守も増員してある程度の治安も保っていると、刑務所運営もなんとか軌道に乗ってくる。
バスコートやジムなどのレクレーション施設、作業場や監視カメラ、飴から鞭まで様々な施設建築を繰り返し、やがて整ってくるのはさらなる重犯罪者のお出迎え準備。
監視塔は一段と高くそびえ、周囲はコンクリートの高い塀。懲罰房に隔離房もしっかり完備。そしてとどめは電気イス室。もうテッド・バンディだろうが、ヘンリー・ルーカスだろうが、しっかりおもてなししてやる。
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刑期を終えて出所する奴、囚人同士のケンカで命を落とす奴、電気椅子でこんがり狐色になる奴、そんな刑務所を去っていく連中よりも、収監されてくる数の方が圧倒的に多い始末。これが犯罪大国アメリカの現実だ。
そのうちこの刑務所も、現実のそれと同じく過密状態になりそうだが、それでもこんな砂漠のど真ん中、ひと気が無くて寂しいよりはよっぽどいいじゃないか。
ちまちましたモブキャラがそこかしこにびっしり蠢いていてこその箱庭経営シム。たとえそいつらが絶対お友だちになりたくないような連中であってもだ。

 

この記事に含まれるtag : 箱庭経営シム 

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2016/02/01 | Comment (2) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |