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ボンクラ360魂クロスカルチャーゲームブログ 

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【モールタイクーン】ショッピングモールはこの世の天国

   ↑  2015/06/02 (火)  カテゴリー: PCゲーム
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クルマで軽く行ける範囲に数年前にイオンモールができてから、オレの生活はがらりと変わった。
もう混んでる道や電車に辟易しながら繁華街に行く必要はない。ここに来れば大抵のものは揃っている。
カルディもある、ヴィレッジヴァンガードもある、ツタヤもダイソーも無印良品もユニクロもある。
スターバックスにサブウェイ、サンマルクカフェにハワイアンパンケーキ、くつろげる場所だって事欠かない。
ルートビアにハンドメイド石けん、エスニック雑貨にルートビア、もうここで手に入らないものは無いかのようだ。
ジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」を最初に観たときは、なんでゾンビが揃いも揃ってショッピングモールに執着しそこの寄り集まるのかがイマイチ理解できてなかったが、でも今はそれが心の底からよく分かる。
オレがゾンビになったら、たとえ四肢がもげてたとしても、這ってでもイオンモールを目指してやる。
たとえ生ける屍となっていようとも、モールはきっと暖かくオレを迎えてくれるはずだ。
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この『モールタイクーン』は2002年の発売。
カジノにスキー場、豪華客船にゴルフ場、さらには学校に刑務所と、もうありとあらゆるアミューズメント施設が、とにかく片っ端からサンドボックス系経営シミュレーションゲームとなって登場していた時期だ。
アメリカ人が生前の記憶がなくなっていても押しかける心のふるさと、ショッピングモールがそのネタにされるのも、当然といえば当然の流れだろう。
その中身はこのタイプの王道。
フロアや外壁など建物のデザインに始まり、店舗やトイレ、ATMなど諸施設を配置、清掃員や警備員などのスタッフを雇ってモールをオープンさせたら、あとはお客を迎え入れて営業を続けながら諸問題に対処する。
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特にスタッフによる店内メンテナンスは、もっとも重要なファクターだ。
人の集まる華やかな場所には、しょうもないワルガキどもがたむろしようとするのは自然の理だ。
ケヴィン・スミスの初商業映画「モール・ラッツ」でも、モールにとって一文の徳にもならないようなろくでなしどもが寄り集まっていたが、オレの経営する夢の国にそのような秩序を乱すような輩がいられる余地はない。
セキュリティには予算を惜しまないのが、みんなが安心して買い物できるモールを維持するための鉄則だ。オレのモールはいにしえの立川第一デパートではないのだ。ガラの悪いガキどもはみんな出禁!
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そしてさらに重要なのは店内の清潔度。
イオンモールなどは、あれだけ人出があるにも関わらず、細かいとこまでいつもピカピカなのに感心させられるが、とにかくきれいな店内はより良いモールの生命線。
なにせ汚さが度を越すと、この『モールタイクーン』ではゴキブリやネズミどころか、ゾンビが湧いて出てきてしまうのだ。
何故という疑問は愚かだ。だってショッピングモールにはゾンビがついて回るものだと相場が決まっているのだから。
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囚人やゾンビ、エイリアンの襲来など、こちらの想像の斜め上をゆくトラブルに対処しつつ、経営を起動にのせて予算も芳醇になれば、やがてフロアを増築して映画館に始まるさらなる大型娯楽施設を呼び込める。
幕張イオンを超える超巨大ショッピングモールになるのか、あるいは経営につまづいてピエリ守山みたいに化すのか、どっちに転ぼうと夢の国のオーナー気分はやめられない。
当時としてもショボさが目立ったビジュアルは大きなウィークポイントだが、それも2から3へと続くシリーズ作で少しずつ改善されてゆく。
モールにはなんだってある、一日中いようが飽きない。天国は空の上ではなく、家からクルマで十数分の地にあった。
たとえこの肉体が滅して魂だけとなっても、オレはあそこを目指すぜ。みんなおらといっしょにぱらいそさいくだ!






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2015/06/02 | Comment (4) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Dead Rising】ショッピングモールの王様

   ↑  2015/06/04 (木)  カテゴリー: XBOX 360
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ジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」。それはショッピングモール賛歌の映画だ。
この映画のおそらく唯一のオフィシャルゲームに、SPI社製のボードシミュレーションゲームがある。
少人数ながらも行動力と武装に秀でたSWAT側と、動きはのろいがとにかく数で圧倒するゾンビ側。
その性質と攻守の役割が明確に分かれた二陣営が特徴的な、異色のボードSLGであったが、それ以上にわくわくさせられたのは、例のショッピングモールがを平面化した、まるで店内案内図のようなマップだ。
ブティックに宝石屋にレストラン、史実を舞台にした一般的なボードSLGとは一線を画した生活感溢れるマップはとても印象的で、その馴染みのある風景を非日常的な行いで蹂躙しまくるのは、このゲームのもっともエキサイティングなポイントだったと思う。
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そしてボードSLG版ゾンビから幾数十年、イノベーションを重ねたビデオゲームにおいて、ショッピングモールゲームの決定版とでも言うべき作品が登場した。
ウィラメッテショッピングモール。そこはイオンモールに負けないくらいの夢の国だ。
スポーツショップにおもちゃ屋にホームセンター、ありとあらゆる業種の店が軒を並べ、そしてそこをすべて我がものとして振る舞うことができる。
そう、オレにとって『デッドライジング』は、ゾンビパラダイスではなくショッピングモールパラダイスのゲームなのである。
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駐車場の奥にそびえるショッピングモールに、ゾンビたちがふらふらと吸い寄せられるように集まる、このゲームの静かな静かなメニュー画面は、しばらく眺めていても飽きないほど素晴らしい。
その生ける屍たちの行動原理は、生前となんら変わりない。せいぜい身体が腐ってるかいないか、足取りがおぼつかないか軽やかか程度の違いだろう。
そんなゾンビたちのモール愛は、人ごとではなく痛いように分かる。
プロローグのモールメインエントランス前で、まるで休日とお客様感謝デーが重なった日のイオンモールみたいに、「早く入れろー」とひしめきあっているゾンビたち。
普段はオレもあの群れの中に混じっているのであろう。しかし"史上最低のパパラッチ"フランク・ウエストの身体を借りた今のオレは違う。
オレはこのモールで王様のように傍若無人に振る舞うことを許されたVIPなのだ。
入れてやっても構わないが、その代わりオレにバットやギターで頭を叩き割られても文句を言うなよ。
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そんなショッピングモールの王様にとっての最大の天敵は、よりによって繰り返しプレイを前提としたバランスと、タイトなイベントスケジュールへの屈服を余儀なくされる、このゲームの根本的なシステムだったりする。
ショッピングモールは夢の国、時間を忘れて浸りたい天国であるはずなのに、これだけの作りこまれたモール空間を提供してくれながら、ゲームの側からそれを許してくれないもどかしさは相当なものだ。
バランスやプレイアビリティなどは、続編の2や3で少しずつ改善されてゆくのだが、しかし2や3はショッピングモールが舞台でないという致命的な問題がある。
カジノリゾートなんてまったく実感の沸かない場所だし、ましてや3の街という漠然とした空間など、焦点ボケもいいところだ。
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やはりそこから外に踏み出す必要がまったくない、ショッピングモールという完全を究めた空間に勝るものはない。
食い物にも事欠かなければ、着替えも電池もたくさんある。暇をつぶしたければ本やCDは山ほどあるし、映画館や遊園地だってある。
ひしめくゾンビは、時としてやたらと邪魔っけな存在だが、それでも人っ子ひとりいないピエリ守山みたいな光景よりははるかにましだ。
このゾンビの群れに没して、自分も生ける屍の一人となろうとも、オレはこのやりたい放題のモールから出て行くつもりはさらさらないぜ。




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2015/06/04 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【モムチャンダイエットWii フィギュアロビクス by チョン・ダヨン】

   ↑  2015/06/06 (土)  カテゴリー: Wii
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ジリアン・マイケルズにビリー・ブランクス、古くはキャシー・スミス。フィットネスの隆盛は常にスターインストラクターの存在と共にあった。
その点でいただけないのは、常に既成の著名人頼りで、純フィットネスのスターインストラクターを生み出せない我が国だ。
うつみ宮土理に秋野暢子、玉袋筋太郎にパパイヤ鈴木、最近では岡田斗司夫に至るまで、彼らに欠けているのは、ジリアンやビリーのような肉体の圧倒的な説得力だ。
岡田斗司夫などは、いくら痩せたといったって、あれは単にデブが適正体重に戻っただけの話だ。決してライザップのCMに出られるような肉体を手に入れたわけではない。
それを補おうと著名人ダイエットは、焼きトマトダイエットだの大食いダイエットだのレコーディングダイエットだのと、やたらとトリッキーな方法や小理屈に頼りたがる。
しかしそんなこざかしい手段は、きちんとした運動体育学に基づいた地道な肉体トレーニングに遙か及ばない。
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努力と理論に基づいたプログラムを提唱するアジア産の純粋なフィットネススター。
それは星のように現れては消えて行く著名人フィットネス法が横行する日本ではなく、お隣の国から登場した。
チョン・ダヨン、元は一介の主婦。
70キロ超のだらしない体型から一念発起し、独学に基づいたフィットネストレーニングに明け暮れ、その成果をネットに投稿。
そのアフターの姿が40を過ぎた中年女性とはとても思えない、贅肉一つないパーフェクトボディであったことからセンセーションを巻き起こし、彼女が考案したモムチャンダイエットは、たちまちのうちにアジア中を席巻したのであった。
そのモムチャンダイエットが「Wii Fit」の成功に雨後の筍が群がるWiiにやってきた。
出したのは漢検ものや教育系などありがちなソフトを、「Wiiのラインナップとして出す」という、たったワンポイントのみでプレミアを持たせる商売を繰り返していたIEインスティチュートだ。
ゲーム界隈のビジネスなど、おそらくとんと理解していないチョン・ダヨンサイドとIEインスティチュードの危ういコラボ。
それは案の定、責任者ちょっと出てこい物件へと発展するのだった。
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実写美魔女先生(チョン・ダヨン)の一瞬のあいさつもそこそこに、これからモムチャンダイエットに励もうとする人間が相対するのは、簡素なステージの中にCG版美魔女先生がぽつんと立つ、やたらと寒々しい絵ヅラ。
そしてミュージックスタートと共にぎくしゃくと動き出す、本人とは似ても似つかないCGチョン・ダヨン。
一般的なWiiのフィットネス系ソフトとなると、バランスWiiボードを使用したり、あるいはリモコンやヌンチャクを腕に装着するなど、なんらかの形でユーザーの動きをフィードバックして、それをゲームの中で発展的に利用するのが普通だが、怖ろしいことにこの『モムチャンダイエットWii フィギュアロビクス by チョン・ダヨン』には、そんな要素はひとかけらもない。
無表情に動くCGチョン・ダヨンの動きに合わせて、同じように身体を動かせという、ただそれだけのソフトなのだ。
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しかも美魔女先生の肉声が入るサウンドに耳を澄ませていると、何か妙な違和感に気づく。
これはゲームのために制作した音源ではなく、ただ単に既存のモムチャンダイエットDVDからぶっこ抜いてきた音声。
勘のいい方ならお分かりであろう。このソフトにおけるCGキャラのアクションは、既発DVD「チョン・ダヨン フィギュアロビクス」の内容を、そのままトレースしただけに過ぎないのだ。
DVDの方は美魔女先生以下、若くてナイスボディな娘っ子たちの華やかな絵ヅラ。Wii版の方は無表情なCGキャラ一体が淡々と体を動かす寂寥とした絵ヅラ。
そしてやることは共に画面の中のアクションをテレビの前でトレースするだけ。だったら素直にDVDの方を選ぶわ!と、誰しもが声を荒げることだろう。
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そんな寒い内容を自覚してか、メーカー側はWii版ならではの機能を事あるごとに強調するが、それがまた「キャラクターを自在にズームインアウトできますよ」だの、「ボタンを押すとプログラムを停止できますよ」だのと、「それがどうしたコノヤロウ!」とこちらを激昂させるようなものばかり。
そりゃ『Xbox Fitness』なんかも、基本的には既発フィットネスメソッドの垂れ流しだが、あれは元々がXbox Videoのような動画オンデマンドサービスのフィットネス版という位置づけのものだし、それにKinectを通じた運動のフィードバックや心拍数測定、ソーシャル要素など、インタラクティブな要素は山ほど盛り込んであるはずだ。
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そしてさらにユーザーの神経を逆撫でしてくるのは、DVD版フィギュアロビクスは有酸素編、マット編、筋トレ編、ダンス編の4枚組構成なのに対し、Wii版はその中から有酸素編だけしか収録されていない、しみったれぶり。
そんな仕打ちにこちらは、合間合間に申し訳程度に顔を出す実写チョン・ダヨンに、「あんたが悪いわけじゃないのは分かってるんだけどな」と、もどかしい憤りをぶつける他はないのだった。
ちなみに肝心のモムチャンダイエット、負荷の低い地味な運動を何度も丹念に反復する、実は一番根気の必要なタイプのフィットネスプログラムだったりする。
その地道な努力を重ねる毎日に、この『モムチャンダイエットWii フィギュアロビクス by チョン・ダヨン』がモチベーションアップの役割を果たしてくれるどころか、その逆の効果しかないことは、もはや言うまでもないだろう。



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【真説・夢見館 扉の奥に誰かが…】あんたの顔が嫌いなだけ

   ↑  2015/06/08 (月)  カテゴリー: セガサターン
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80年代のガールズバンド、コンセントピックスに"顔"というタイトルの代表曲がある。
「顔が嫌い、あんたの顔が嫌いなだけ、ごめんね君はとてもいい人、だけど顔が嫌いなの」なんて身も蓋もない歌詞を、ゴミ箱をぶちまけるようなボーカルでまくしたてるインパクトの強い曲で、このサビのフレーズが未だに耳にこびりついて離れない同世代の人もいたりするんじゃないだろうか。
で、話は唐突に変わるが、かつてセガにメガCDという陽炎のように儚いハードがあった。
そのわずかなソフトラインナップには、印象に残る奇抜なゲームが多々あったが、その中でも忘れられない一本が、バーチャルシネマと銘打った3Dアドベンチャーゲーム『夢見館の物語』だ。
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かつては人間であった蝶たちが住まう不思議な館。そこに迷い込んだ幼い妹を兄が探す一人称視点のADVで、当時PCゲーム界隈で一世を風靡していたインタラクティブムービーの様式を、初めて家庭用ゲーム機に持ち込んだ意欲作であった。
ただ3DCGを展開するには、やはりメガCDはちょっとばかり力不足。PCゲームのインタラクティブムービーと比べると画質は粗く動きもがたつき、おまけに音質もこもり気味と、一見さんざんなビジュアルのゲームに仕上がったのだが、しかしこれが全部良い方に転がってしまうのだから、世の中わからない。
靄がかかったような不鮮明で粗いビジュアルは、まるで幻灯機が織りなす世界のような効果をケガの功名的にもたらしていたのだ。
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その神秘の館が再び姿を現す。今度は最新鋭機のセガサターンで。
人であることを捨てた蝶たちの儚い物語に酔いしれた人々は、大いなる期待と共にこの続編を迎えた。
そして「ワンチャイコネクションの次はこれ……、サターンのADVってマジやばくねえか!?」と、大きな失望を表明することとなったのだった。
メガCDとは比較にならないセガサターンのパワーにより、あの幻の館の姿はよりいっそう鮮明に。
ああ、しかしそれは薄暗い灯りの下で蠢く夜のお姉さんたちが、白昼の太陽の下に姿を現すような行いであった。
よりくっきりはっきりと映し出されたグラフィックからは、皮肉なことに前作に充満していたあの?みどころのない神秘性がすっかりと失われ、格段にクリアになった音質も、『夢見館の物語』の夢の中の会話のようなおぼろげな感覚をまったく喪失する効果しか及ぼしていない。
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そして何よりも最大のアレなポイントは"顔"の存在だ。
『夢見館の物語』の頼りなげに宙を舞う蝶から一転、『真説夢見館』では館の住人たちは生首の姿となって我々の前に登場する。
「非力なメガCDと違って、サターンでは人の顔をCGでここまで表現できるようになりました!」
そうアピールしたい気持ちは分からなくもないが、しかしそれははっきり言って大きなお世話だ。
アバウトな口パクで喋る顔のビジュアルは、現し世と幻の狭間に漂う世捨て人たちを、俗世間と変わりない世界の住人へと引きずり下ろし、前作で育まれた幻想的な館のイメージは、メチャクチャにぶち壊されてしまっていたのだった。
宙に浮かぶ顔を目の当たりにしたとき、つい忘れかけていたコンセントピックスのあの曲のことを思い出し、あのバンドのブサイクなボーカルのように顔を歪めながら、「顔が嫌い顔が嫌い、あんたの顔が嫌いなだけ」と思わず口に出して歌ってしまった、そんなオレの前途多難なセガサターン元年であった。

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【夢見館の物語】儚き蝶の館




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【Let's Sing and Dance】うたっておどろう

   ↑  2015/06/10 (水)  カテゴリー: XBOX 360
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ジャンルとしてすっかり定着したダンスゲームだが、しかし考えてみればこれほどライバルとの差異をアピールしづらいジャンルも他にはない。
今どきの流行りのダンススタイルにそうそう違いはないし、世のみんなが等しく理解できるようなヒット曲だって限られてくる。
結局はデバイスの違いを頼りにするしかないのだが、そうなると困るのはKinectという同じデバイスの土俵で勝負をする場合だ。
『Dance Central』と『Just Dance』、Kinectでブランドを定着させたこの二強の間に割って入るのは、容易いことではない。
ましてや楽曲に莫大な使用料がかかり、さらには売り切り商売というわけにもいかないダンスゲームは、中小のメーカーにとっては、とてつもなくハードルが高いジャンルだ。
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そのハードルを「そういえばKinectセンサーってマイクも付いてたじゃないっすか」なんて思いつき一点でなぎ倒して進もうとしたのは、THQブランドの落穂ひろいや『Dead Island』シリーズでお馴染みのDeep Silver。
かくして"歌いながら踊る"新機軸のダンスゲーム、『Let's Sing and Dance』が世に放たれた。
プレイヤーがするべきことを、そのまんまストレートに表したタイトルも、なかなかに味わい深いが、さらにこの日本国内ストア配信版は、『うたっておどろう』なんて、手違いなんだか狙ったんだか判別付かないコクを一層増した邦題が冠せられ、みんなを配信直後の一瞬だけ、ほんのちょっぴり和ませたのであった。
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モードはダンスとシング・アンド・ダンスの二つ。
通常のダンスモードは、ガイドに従って身体を動かし判定を受ける、ごくごく一般的なダンスゲームの極めてアバウトなバージョン。
シング・アンド・ダンスは、このダンスモードにサビの部分で、これまた極めてアバウトなボーカルの判定が加わる。
うたっておどる。一見なかなか楽しげな行為に思えるが、実際に試してみると、自分がフレッド・アステアやザック・エフロンのような才能に恵まれているわけではないこと思い知るだろう。この二つの行為、案外と両立させることが難しい。
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よく知っている曲ですら、うたっておどることはなかなか困難なのに、馴染みのあんまりない曲だと、それはなおさらのこと。
ちなみに収録曲はLady Gagaの" Born This Way"、LMFAOの" Party Rock Anthem"、Queenの"愛という名の欲望"、Duffyの"Mercy"、Maroon 5の"Moves Like Jagger"、Miley Cyrusの"Can’t Be Tamed"、Flo Ridaの"Right Round"、Ini Kamozeの" Here Comes The Hotstepper"、Noisettes の"Don’t Upset The Rhythm"、Far East Movementの"Like A G6"、Bruno Marsの"The Lazy Song"、そして映画「ブルース・ブラザーズ」でお馴染みAretha Franklinの"Think"、全十二曲。
幅広いジャンル、世代をまんべんなくフォローしたがために、ほとんどの人たちが、「ぶっちゃけその中で用があるのは一、二曲だけなんだよ」ともどかしい思いをする、一番罪作りな選曲パターンである。
『Dance Central』や『Just Dance』のように追加曲をDLCでガンガン出すわけではない、売り切りのビジネスモデルでこれはちょっとばかりツラい。
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さらに専用の手持ちマイクを使わせる『Lips』などのカラオケゲームと違って、Kinectの精緻さに欠ける集音マイクに依存しているため、まともなボーカル判定を受けようとするためには、必要以上に大声を張り上げなければならなかったりする。
ドタバタと踊りながら素っ頓狂な大声をあげまくる。家族や隣人の忍耐力が大いに試されることとなるであろう。
うたっておどろう、そうカジュアルに誘われても、Kinectの前で華麗にうたいおどって周囲を丸く収めるまでの道のりは、相当険しいのであった。

この記事に含まれるtag : Kinect XBLA 

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