ボンクラ360魂Xbox Oneとの蜜月の日々 

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【モーショングラビアシリーズ 根本はるみ】ネモネモ結婚!?

   ↑  2010/09/30 (木)  カテゴリー: PS2
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”巨乳タレントの根本はるみ(30)が10月に米国ハワイ在住の一般男性と結婚することが29日、分かった。根本が自身の公式ブログで発表した。妊娠はしておらず、同月に米国で挙式し、その後はハワイに住んで仕事を続けていくという。根本はブログで「毎日楽しく笑顔溢(あふ)れる家庭を築けたらと考えています」とコメント。グラビア界を席巻した103センチのバストは1人の男性だけのものとなる。”<デイリースポーツ>
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あああ、もうショックで何も手に付かないとは、このことです。
その大爆乳に加えて、最近では年を追うごとに厚みを増していったウェストで、ぽちゃむち好き方面へのアピール度を日に日に高めていったネモネモが、結婚してしまうなんて。
あの漬け物樽の重しになりそうな程の乳と、ずっしりと重量感溢れる胴回りを独占できる男が、妬ましくてしかたがありません。
私がアナキン・スカイウォーカーであったら、自分からダース・シディアスの元に赴いて「ダークサイド、いっちょお願いします!」と頼み込んでしまいそうなくらい、暗黒面の一歩手前です。
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ここんとこ巷を席捲していたアイマス2に関する一連の騒動を、当事者でない私は、冷ややかと言うほどではないにしろ、いささか醒めた目で見ていたんですけれど、今、なんとなく当事者たちの気持ちが分かったような気がします。
私が直面しているこのやり場の無さや喪失感は、きっと全国のプロデューサーさんたちのそれと、きっと同じものがあるんでしょうね。
皆さんのお気持ちを、私もやっと理解し、共有することができましたとも!
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今、日本中から、「そういう分かり方はされたくねえし、そもそもそんなやり場のなさや喪失感と一緒にされたくねえから!」と、怒りの籠もったツッコミが一斉に飛んできたような気もしますが、ネモネモ結婚にうちひしがれる私は、それどころじゃありません。
せめて、せめて我々への置き土産として、胴回りが逞しくなった現在のネモネモを記録したモーショングラビアの最新バージョン、”モーショングラビア 根本はるみ ぽちゃぽちゃムチムチブルンブルン編”を残していって頂けないでしょうか?
お願いです、ネモネモーっ!

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2010/09/30 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【HALO】全てはここから始まった

   ↑  2010/09/27 (月)  カテゴリー: XBOX
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『HALO: Reach』のエンディングロールが全て流れ終わった後、居ても立ってもいられなくなって、押し入れから『HALO』の一作目を引っ張り出し、それをReachのディスクと入れ替えに360本体に押し込んでいた。同じ気持ちになった人も多かった筈だ。
俺ことスパルタン・ノーブルシックスがバトンを託した物語の続き。
コルタナとスパルタン最後の生き残りを乗せた戦艦オータムは、あの宇宙に浮かぶ指輪のような環状惑星ヘイローへと向かう。
もっとも8年前、初めてこの一作目のイントロダクションに立ち会ったときは、ここに至るまでの重たい歴史や展開など知る由もなかった。まぁ当たり前のことだけど。
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この栄えある初代HALOが発売された当時、日本国内でのXBOXはタマ不足に喘いでいた。
期待していた海外ゲームは、せいぜいEAのスポーツもの程度。後は『斬・歌舞伎』だの、『マジデスファイト』だの、『メタルダンジョン』だの、ドリキャス市場から逃げてきたハンパなギャルゲーだのと、国産ゲームのダメなとこの吹き溜まりのような有様。
そりゃ『ジェットセットラジオフューチャー』や『サイレントヒル2』など、面白いゲームも確かに在りはしたが、それってみんな焼き直しか移植だし!
そこに鮮烈に登場した『HALO』は、まさにXBOXユーザーの救世主であったのだ。
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とは言え、手放しで諸手を挙げて歓迎したわけではない。その頃の俺は、まだ家庭用機で(コントローラーで)FPSを遊ぶことに対して非常に懐疑的だった。
ニンテンドウ64にはゴールデンアイのような傑作FPSがあったけど、それでも64コントローラーでの操作は、マウスとキーボードに慣れた人間からしたら不自由極まりないものだった。
しかしHALOは違った。それは絶妙な照準アシストや、XBOXコントローラーに搭載されたアナログスティックの優秀さによるものが大きかったのだろうけど、とにかく手に馴染んで取り回しも自在なHALOの操作性は、「マウスじゃなきゃFPSなんて遊べねえよ」なんて固定概念を覆すには充分過ぎるくらいだった。
それどころか、マウスには無いトリガーを引いた確かな手応えがある。照準は、そりゃ確かにマウスに比べれば不自由だけど、これくらいの不自由さがあったほうが、むしろ銃器を取り回しているような気分になれるじゃないか。
こうなると、むしろマウスでの照準が、ただの味気ないカーソル合わせに思えてきてしまう。
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シールドという概念。ヘッドショットの重要性。そして個性豊かな武器やビークルの数々。そんな独自性も、HALOの魅力に確かな厚みを加えていた。
今ではプラズマガンやニードラーなんて勝手知ったる武器だが、当時初めてこれらの武器を拾い上げたときの、おっかなびっくりした感覚は今でも印象に残っている。
そして怖々ニードーラーを使ってみて、「何、この訳の分かんない武器!?」と慌てて捨ててしまったりもしたっけ。
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後々にマスターチーフ以上の名物となるこのおっさんも、一作目の時点ではまだ名もない”他よりちょっと目立つ死にキャラ”程度の扱い。
後々の作品でこのおっさんに再び出くわし、「何でお前生きてんの?」と思わず声を荒げた人も多いだろう。
前半のコブナント陣営との分かり易い対決の構図から一転。ヘイロー内部に突入すると、コブナントが自軍とは明らかに違う敵たちと交戦した痕跡を目の当たりにして行き、徐々にホラー的な雰囲気を増していく中、ついに恐怖のフラッドさんたち登場という、サスペンスフルな流れも印象深い。
あ、それと、フラッド登場を機に、いきなりシリアスサムライクになってしまう、ちょっといびつなゲームバランスも。
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でも、何よりも一番鮮烈だったのは、初めてヘイローに降り立った時(まぁ降り立ったと言うか、墜落したわけだが)に目の当たりにした、ヘイローの風景のあまりの美しさ。
息を呑むグラフィックとは、まさにこの事だったろう。当時の家庭用機ゲームの常識を覆す、圧倒的なグラフィック美が、そこにはあったのだ。
「コブナントの降下艇が接近」
そんなコルタナの警告にも耳を貸さず、しばらくの間ぼーっとしながら、あちこちの景色に見とれてしまっていたっけ。

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2010/09/27 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【HALO: Reach】8年分の感謝

   ↑  2010/09/26 (日)  カテゴリー: XBOX 360
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やる前は、「HALOは今までにたらふく食ったし、さすがに今回は無理してやることも無いかなあ」なんて思ったりもしていたけど、いざキャンペーンを終えてみれば、流れるスタッフロールに心の中で拍手しつつ「ありがとう」と言っていた。こんな気分にさせてくれるゲームも久しぶりだ。
このReachに対する充足感も勿論だけど、その上に8年越しにも及ぶこのシリーズとの長い付き合い。そしてそれが一つの区切りをつけたことなどが相まって、何とも言えない深い感慨に包まれた。
先代から始まったXBOXとの付き合いは、言わばHALOとの付き合いであった。
”黒船”という異名とは裏腹に、しょっぱい国産ゲームしか出ていなかった旧XBOXの初期に、鮮烈に登場したビッグタイトル。
それは世界規模に於いても、今まで見なかった”家庭用機初のFPS大作”として、特別な意味を孕んでいた。
HALOが出るまで、我々は家庭用機のコントローラーでFPSをバリバリ遊ぶことなんて、考えもしなかったのだ。
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そしてReachは、そのHALOサーガの最後を飾るに相応しい傑作であった。
トータルの完成度や、三部作より一段とシリアスさを深めたストーリーは言うに及ばずだが、それ以上に心に残ったのは、HALOというブランドを変えることなく、さらにそれを磨き上げようという意識の高さだ。
初代のHALOが登場してから、もう既に8年以上の月日が過ぎ去った。
その長い年月の間にFPSのトレンドは何度も移り変わっていったが、2、3と続いたHALOは頑なにそのスタイルを変えなかった。
一作目の時点ではそれほど違和感がなかったふわふわした挙動も、今では相当奇異なものになってしまったが、Bungieはあえてそれに手を加えなかった。
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ワートホグに代表されるビーグルの操作性なども、他のシリーズであれば真っ先に手が入ったであろうが、以後のシリーズ作でもそれはほぼそのままの形で継承されている。
そこにあるのはHALOブランドに対する絶対の信頼感だ。何と言われようと、ワートホグとはこういう乗り物なのだ。
受け止める我々の側だって、もしワートホグの操縦が分かり易く平易なものになっていたら、「こんなのワートホグじゃない!」と声を上げていたことだろう。
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スターウォーズがフィクションを飛び越えて一つの神話、歴史となったように、8年越しに繰り広げられたコブナントとの戦いも、もはや我々の中では既定の歴史となった。
そんな長い年月の重みがあるからこそ、今後いかにFPSのトレンド潮流が変わり、どんなに優れたFPSが現れようと、HALOシリーズが築いた価値は一切揺らぎはしない。
そのHALOシリーズの(とりあえずの)最後を飾る作品に、スパルタン・ノーブルシックスとして己の分身が関わることができたのは、この上ない喜びだ。
そしてReachで描かれた重厚な物語は、戦艦オータムと共にあの環状惑星に繋がっていく。そのオータムに乗り合わせたスパルタンチーム最後の生き残りは、もちろんあの男。
マスターチーフにこのサーガのバトンを渡したのは、他ならぬプレイヤー自身であったのだ。
Bungieも最後の最後で、実に憎いことをやってくれたものだ。8年分の感謝を込めて、ありがとう、Bungie!

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2010/09/26 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【エスパー伊東の高能力開発Vol.1: 高速真っ黒】

   ↑  2010/09/25 (土)  カテゴリー: iOS
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自分が努力を積み重ねることを怠って他人を貶す。これは人が一番やってはいけないことです。
かつてファミコンにマインドシーカーという超能力開発ソフトがありましたが、この素晴らしい実用ソフトも、努力の積み重ねを忘れた怠惰な人間たちの手によって、クソゲーの烙印を押されてしまったことは、記憶に新しいでしょう。
私は超能力を手に入れたい一心で、このマインドシーカーで日々鍛錬を積み重ねました。
そしてついに私には、「ロッテよ勝て」と念ずるとロッテが負けてしまうという、世にも恐ろしい超能力が身についてしまったのです。
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このような恐ろしい能力を公にすると、X-MENのミュータント狩りよろしく、川崎応援青年団に袋叩きにされかねないので、今まで隠しておりました。
しかし、この能力を封印することによって今年は遂に我らがロッテ(二軍)が、イースタンリーグ優勝を飾ることができたのです。
しかもあの、横浜ベイに移籍すれば即一軍で活躍できそうな面子が揃っている巨人を向こうに回しての優勝。これは実に価値の高い偉業です。
これでこの世に一軍、パシフィックリーグというものが存在しなければ、手放しで大喜びできたのですが、まぁあまり多くを望むのも欲張りというものですね。
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そんな禁断の能力を開発することができるマインドシーカー以来、久々に登場した超能力開発ソフト。いや、この場合は高能力ですが、これとて人前で披露すれば周囲を思い切りどん引きさせる禁断の能力であることには変わりはありません。
その高能力開発第一弾は、高速真っ黒。純白のホワイトボードを一瞬のうちに真っ黒にしてしまう、人の力を超えた能力です。このアプリと日々の努力の積み重ねさえあれば、そんな禁断の力をこの手にすることも可能なのです。
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なにせ人知を越えた恐ろしい能力なので、プレイ前に表示されるのは使用上の注意の数々。
「しっかり握り、手を離さない」「充分なスペースを確保せよ」などの諸注意がありますが、その中には是非とも「電車の中など公共の場所で使用しない」という一文も加えて欲しかった。
何せこれを電車の中でプレイしていたら、隣に座っていた老婦人がそそくさと席を立って、逃げるように車両を離れていってしまったくらいですから。
そりゃまぁ、隣に鬼のような形相で、手にした小さな機械を怒濤のような勢いでこすっている男がいたら、私が彼女の立場であったら同様に逃げ出すでしょうとも。
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まずはエスパー伊東氏による模範演技のムービーを、穴が空くほど凝視してコツを習得。
次はいよいよ本番です。制限時間10秒の間にホワイトボードを黒く塗り潰す、マジックペンの代わりになるのは己の指先。
ところどころでエスパー伊東本人のだらけた肉声がインサートされて、こちらをついついイラッとさせてくれますが、これに惑わされて集中力を失うようでは、高能力を手に入れる目標は適わないでしょう。
当面は80%超えがボーダーライン。そして90%のラインをクリアすることができると、晴れてエスパーの称号を獲得することができます。
そして高能力を見事自分のものにした後、全身を襲う「俺、なんでこんなことやってんだろ……」という虚脱感。
高能力は、かくも己の心身を消耗する、恐ろしい能力なのです。

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【ネクストキング 恋の千年王国】愛は打算

   ↑  2010/09/24 (金)  カテゴリー: セガサターン
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人の愛には打算がいつもついて回るものさ
          <JAGATARA - もうがまんできない>
桝田省治氏の著書"ゲームデザイン脳 ―桝田省治の発想とワザ―"を、さんざん文中でダシにされまくっている女性編集者に同情しつつ、興味深く読みました。
娯楽をどう発想しデザインするかについて、噛み砕いて語られているので、桝田作品、あるいはゲームにあまり関心がない方にもお勧めできる一冊です。
桝田氏が関わったゲームは、あらかた遊んだ経験があるのですが、その中で俺が一番好きな作品が、この本の中でもたびたび触れられているネクストキングなんですけど、これを人に言うとよく「えっ!?」と軽く驚かれるんですよね。「それかよ!?」って感じで。
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さらに二番目に好きな桝田ゲームを口に出すと「えええ~っ!?」という反応がほとんどなんですよ。それがまたいかにも「それはないわ!」って感じのニュアンスなので、それ以来、二番目に好きなゲームのタイトルを出すのは避けるようにしています。ここでも教えません。
で、ネクストキングなんですけど、件の著書で桝田氏自ら述べられているように、ときメモに代表される恋愛SLGをどう料理し、どう他と差別化するかの試行錯誤の末に生まれた作品です。
そして出てきたのがボードゲーム風の体裁という独自のスタイル。この形式を持ち込んだのは、ライバルが介在するという、このゲームならではの独自アイデアを具体化する為でもありますが、さらには好きな場所を目指せて好きな相手にアプローチをかけられるという自由度があり、それにサイコロの目という絶妙な足かせを加えて、ゲーム展開に広がりのある起伏をもたらしたりもしています。
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プレイヤーは次期王様候補の一人で、12人の女の子たちにアプローチをかけるのは、あくまでも王様選挙への投票を依頼するためという設定。
選挙という、生臭いことではこの上ないイベントが、メインに堂々と介在するために、そのアプローチは、二股、三股、買収、情に訴えるが当たり前の、非常に打算にまみれたものとなるのです。
対象の女の子だって、純真無垢な娘など一人も居りません。プレイヤーやライバルの王子たちに寄せる好意は、当然見返りと引き替えのもの。

ぶっちゃけた話、このゲームに登場する女の子に、性格の良い娘など皆無です。そしてそれは隙があればライバルたちを出し抜き、罠にはめ、足下を掬って大恥描かせようとしている王子たちも同様のこと。
腹に一物を抱えた者同士の、打算にまみれた駆け引きの数々。”恋愛ゲーム”の名にこれほど相応しいものが、果たして他にあるでしょうか?
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全てがサイコロの目により決定づけられるこの世界のお約束も、このゲーム独自の味わいとなっています。
この手のギャルゲーでは、他のパラメータは表示しても、プレイヤーに対する好意度の類は表示しないのがお約束です。
人に対する感情は数値化できるものではない(でも本当はしてるくせに)という考えによる措置なのでしょうが、このネクストキングは、そんな野暮はしません。打算は充分数値化できるだろ!
でもその数値化は「サイコロ何個分」という、非常に大雑把なもの。
「フェンネルの好感度がサイコロ20個分アップした!」
うわぁい、20個分!そして実際に目の前で振られる20個のサイコロ。ええと、5足す2足す1足す2足す……、いちいち数えらんねえよ! でもとにかく20個分。なんとなく豪勢だぜ!
数値を堂々と表示はしているんだけど、でも大雑把。この独特のさじ加減が堪りません。
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この打算にまみれた世界にも、一応それぞれのキャラクターに個別のグッドエンドが存在します。
しかし、釣り上げたこの大食いな魚に、今後もさらに餌をやり続けなければいけないのかと考えると、それが果たしてハッピーエンドと言えるのかどうかは疑問ですが。
このゲームにとって最良のエンディングは、「みんな投票ありがとう。おかげで王様になれました。ではみんな、いい婿さんを見つけて下さい。こっちはこっちでいい嫁を探します。それではサヨナラ!」となることだと思うんですけどね。
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そんな打算まみれの腹黒い世界と、キャラクターに対し純愛を注ぐギャルゲーマーたちとの相性が悪かったのでしょうか。商品としては今ひとつウケが悪かった本作を、桝田氏は前述の著書の中で、「僕はキャラクターに対する”愛”が足りなかった」と述懐しています。
その反省は、商品に対するものとしては正しいのでしょうが、しかしこのネクストキングの最大の魅力は、そんなギャルゲーマーのねじくれた偏愛を一切拒む、生々しくも腹黒い世界にあるんじゃないでしょうか。
それに、商品としてはいつも肝心の何かを取りこぼしてしまうのは、桝田作品にとってはいつものことだし、またそれが桝田氏の作品の魅力に繋がっているんじゃないでしょうか。なんか凄い失礼なことを言っててすいませんけれど。

この記事に含まれるtag : ギャルゲー 

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2010/09/24 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |