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ボンクラ360魂クロスカルチャーゲームブログ 

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映画【DOOM/ドゥーム: アナイアレーション】

   ↑  2020/01/20 (月)  カテゴリー: 映画・DVD
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ロック様主演の2005年版映画「DOOM / ドゥーム」からはや10数年。
リブート版ゲームのヒットを受けてまた性懲りもなく立ち上がったDOOMの映画化企画。
しかしそのキャストは主演のエイミー・マンソンを始め、ルーク・アレン・ゲイルにハードロックバンドLetters from the Fireのボーカリストでもあるニナ・バーグマンと、2005年版よりも大幅に地味化した顔ぶれ。

配給側もさすがにセールスポイントに窮したのか、「ドゥエイン・ジョンソン主演で大ヒットしたシリーズの最新作!」なんて売り文句を無理やりひねり出してきた。
あのな、10何年も前のことだからって強引に盛るんじゃねえ! 大ヒットした覚えなんかこれっぽっちもねえぞ!
売り文句はさらに「前作の製作陣が再び集結!遺伝子を本作にも注入している」とヤケクソに続き、その前作を知る者は「集結しちゃまずいだろ!」「注入しちゃまずいだろ!」「そもそもそれをセールスポイントにしちゃまずいだろ!」と、まずいの多重奏で迎えるのであった。

そんな観る前からこちらを不安にさせるDOOM映画の最新作「DOOM/ドゥーム: アナイアレーション」。
火星に施設を展開する軍産複合体UAC。それに所属するスペースマリーンチームが衛星フォボスに向かったはいいが、赴任先の研究施設は通信途絶状態。
実は極秘研究の過程で地獄へのゲートを開いていしまい、施設はのっぴきならない状態になっていた。

そんなわけでゾンビ化した施設職員たちとスペースマリーンチームとの死闘がおっ始まるわけだが、結論を言うと、確かにキャスティング面では落ちるものの、ロック様版よりはるかにちゃんとDOOMしている。
物語の中心になるのはヘルズゲートだし、BFGやキーカード、チェーンソーといった原作ゲームではおなじみのアイテムも、物語にきちんと沿った形で登場する。
海兵隊の名を借りたスチャラカ集団であった前作のチームに対して、この「アナイアレーション」のスペースマリーンチームは曲がりなりにも未来の海兵隊の雰囲気を出している。

だけどSFホラーアクション映画として面白いかと言われると、「うーん…………、普通!」としか返しようがないくらい中庸なデキであることもまた確かで、まぁそんなところもゲーム原作映画らしいというか、このジャンルが現在のアメコミ原作映画のような隆盛を迎えるのも、まだまだ先の話なのかなあと思わずにはいられないのであった。

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2020/01/20 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

映画【DOOM / ドゥーム】

   ↑  2020/01/17 (金)  カテゴリー: 映画・DVD
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DOOMはゲーム史にとって忌まわしき存在。ではそのDOOMの歴史の中でもっとも忌まわしいDOOMは何か?
初代? 一番血みどろな最新作? ニンテンドウ64を血に染めたDOOM64?
いや、ファンにとってもっとも忌々しいDOOMは、やはり多くの人をずっこけさせた、この映画版をおいて他にはないだろう。
本国での公開は2005年末。ミラ・ジョヴォヴィッチ主演の「バイオハザード」やアンジェリーナ・ジョリー主演の「トゥームレイダー」など良作も出始め、ゲーム原作映画といえば色物であった時代も過去のものになりつつあった頃。

しかしカール・アーバン、ロザムンド・パイクと並ぶ、それなりの顔ではあるんだけどいまいち華に欠ける出演者にどことなく不安を覚える。
そしてキャストのトップに名を飾るのはザ・ロックことロック様。
だが今でこそドウェイン・ジョンソン名義で押しも押されぬトップアクターの地位を築いているロック様だが、まだこの頃は"プロレスラーの色物キャスティング"の印象が強かった時代だ。

そのロック様を隊長とする海兵隊チーム。白人からアジア系と人種も適度にバリエーションがあり、信心深い堅物からこれが初任務の小僧っ子とキャラクターも多彩。というか色んなアクション映画でさんざん使い古されて、もはや手垢にまみれた編成。
そんな既視感バリバリのチームが送られたのは、救援信号を発してきた火星の研究所。
ロック様率いる部隊は、そこでクリーチャー化した職員たちに遭遇し、一人、また一人と斃れていくのであった……、って、頼むからDOOMやってくんねえかなあ?

いや、『DOOM 3』を下敷きにしたのは分かるんだけど、ぶっちゃけ『DOOM 3』のプロットって、ありがちなSFホラー映画を元にしたようなところがあるから、ぐるっと一周回ってそれを再び映画でやられても困るんだよ。
途中なんの伏線もなしにBFG9000(DOOMシリーズにおける最強武器)が出てきて、ロック様それをぶっ放してご満悦なんてシーンが出てくるんだけど、それも製作者側の「これを出しときゃ原作ゲームファンへの義理もとりあえず立つんだろ?」程度の意識しか感じられず、案の定その後はストーリー的にまったく意味のない存在に。

物語が進むにつれてどんどんキ……、いや、エキセントリック度を増していくロック様が唯一と言っていい見どころではあるんだけど、こっちはロック様ではなくDOOMを目当てに観ているわけで。
そんなこちらの「DOOMやってくんねえかなあ」気分を見越したかのように終盤に炸裂するのは、劇場を失笑の渦に巻き込んだ伝説の一人称視点パート。
これはFPSのプレイ視点をそのまま実写映像化したようなパートが、なんの前触れもなく唐突に繰り広げられるシロモノ。

ご丁寧に今まで劇中に一度たりとて出ていなかったチェンソーまで無理やり登場させる始末で、ごくありふれたB級SFホラー映画の中に忽然と登場する異形の映像に、観ているこっちは「DOOMやれってそういう意味じゃねえんだよ!!」と、椅子の上で憤るしかなかったのであった。



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2020/01/17 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

映画【ブッシュマン キョンシーアフリカへ行く】

   ↑  2017/07/03 (月)  カテゴリー: 映画・DVD
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映画「霊幻道士」の予想外のヒットと、キョンシーというキャラクターの急速な認知。その後に出てくるのは、そう、際限ない雨後の筍、柳の下のどじょうだ。
なにせ両手を前に突き出しぴょんぴょん跳ねてるやつを出すだけでキョンシー映画として成立してしまうのだから、これほど楽な話はない。
香港は元より、台湾、日本、フィリピンと、アジアのありとあらゆる国から登場した無数のパチキョンシー映画たち。
その中身もキョンシーがロボコップ(のパチモノ)と絡んだり、ニンジャと絡んだり、セクシー女優と絡んだりと、ゲテモノ同士の近親交配のオンパレード。
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アフリカはコイサン語族のニカウさんは、キョンシーと同じく80年代の映画界に瞬間的なブームを巻き起こしたキャラクター。
そんな美味しい人物をアジアの映画屋魂が放っておくはずもなく、さっそくキョンシーと掛け合わせてはい一本と相成るのであった。
そんなキワモノに出て道士ツラするのはどんなマヌケかと思いきや、これがなんと本家「霊幻道士」シリーズの最重要人物ラム・チェンイン。
なんのことはない。キョンシー狂騒の煽りを受けて、本家の「霊幻道士」シリーズも、回を重ねるごとに着実にゲテモノ化を極めていったであった。

ロンドンのオークション会場でご先祖様のミイラを競り落とした香港のドラ息子とお付きの道士様。
しかし、帰りの飛行機がアフリカ上空で故障。パラシュートは2つしかないからと、まずはキョンシーとなったご先祖様のミイラをダイレクトに投下。
その下に居たのは我らがニカウさん。
なにせ空から落ちてきたモノは、たとえコーラの空き瓶であろうと神様認定しちゃうお方だ。落ちてきた死体を新しい神様だと村に連れ帰っちゃっても、なんの不思議もない。
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一方、遅れて着地した道士様たちは、素敵な野生動物様たちのご歓待を受け、ライオンに追いかけられたり、サイと方術で闘ったりなど、ベタなアフリカネタをさんざん展開した後、やっとブッシュマンと接触。
「これはうちのご先祖様だから」「オラたちの神様をどこに連れてこうってんだ」などと、大岡越前でも裁ききれないようなキョンシーの取り合いを演ずる。
そこにやってきたのが、悪い白人とその手下の悪い部族のご一行。

キョンシーと道士様はブッシュマンに加勢して戦い(ブッシュマン、ステロタイプな悪い白人、ズールー族、キョンシー、カンフー、方術が交錯する乱戦は、限りなくカオスだ)、悪い呪術師の呼び出したアフリカンゾンビとキョンシーの東西死体合戦まで勃発(巨漢のアフリカンゾンビにびびるキョンシーが、今まで自分を慕ってくれたブッシュマンの子供たちが失望する様子をみて、勇気を出してアフリカンゾンビにぴょんぴょん突進するシーンは、ほんのちょっぴりほろっとさせられる)。
そして道士様は最後の手段として、ブルース・リーの霊を呼び出しニカウさんに憑依させる荒業に打って出るのだった。
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この後の観客に残されているのは、怪鳥音を轟かせたり、鼻を擦りあげたり、相手を踏みつけて悲しみの表情で絶叫したりなど、やりたい放題のニカウさんブルース・リー完コピ物真似芸を、呆けて目でただ見つめることだけである。
キョンシーがアフリカの大地をぴょんぴょん跳ね回っている光景だけでも、もうお腹が一杯なのに、さらにダメ押しのようなブルース・ニカウ・リーの登場。
こんな強力キャラを前に、基本的なペースをまったく揺るがさないラム・チェンイン道士様もさすがなら、ちっともキャラ負けしていないキョンシーもさすがである。
たとえ瞬間的であろうと、起こしたブームはダテではないのだ。

 

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2017/07/03 | Comment (2) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

映画【血の魔術師】

   ↑  2017/05/30 (火)  カテゴリー: 映画・DVD
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楽天SHOWTIMEに突如降って湧いた血糊と臓物の雨。
昨年大往生を遂げたスプラッター映画の祖、ハーシェル・ゴードン・ルイスの代表作5本と、その足跡を追ったドキュメンタリー「ゴッドファーザー・オブ・ゴア」(監督は「バスケット・ケース」のフランク・ヘネンロッター)が一挙配信開始。
日本でこの血みどろゴア映画のオリジンが最初に注目を浴びたのは、特殊メイクブームやスラッシャー映画の流行などでジャンル自体が一般的に認識されるようになった1980年代中頃だったと思う。

そのジャンルの創造者としてにわかに脚光を浴びたルイスの作品は、当時のマニア系映画雑誌や書籍などに頻繁に取り上げられるようになった。
誌面のカラーページを飾る毒々しく血なまぐさい色に彩られたスチル写真に目を奪われたオレは、当時はかなり高価だったビデオソフトを観る機会を待ち望んだ。
そして友だちの友だちの父親だか、とにかくそんなルートから回ってきたビデオを前にして、そのあっけらかんとして虚仮威しな内容を前に、思わず拍子抜けしたのであった。
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マニアが撮りマニアが観るジャンル。しかしその偉大なるオリジネイターは、ジャンルやその表現に対する深い情念を持ったマニアでもなければ、世間の神経を逆撫せんとする愉快犯的な気質とも一切無縁だった。
ただ単に商売になるから血と臓物がドバドバ出る映画を撮った。
もし彼が当初の目論見の通りエロ映画でそれなりの成功を収めていたら、ハーシェル・ゴードン・ルイスは凡百のエクスプロイテーション映画屋に留まり、その名が映画史に残ることもなかったであろう。

だが幸いにも(?)エロ映画が不発に終わったルイスは、今度は血糊に目をつけた。
こいつがドバドバ流れる映画を撮ればウケるんじゃないか。そしてそれは思っていた以上の注目を浴びた。
後に脈々と続く因業なジャンル映画、スプラッターホラーの生まれた瞬間だ。

ルイスのスプラッターに対するこだわりは単純明快だ。
若く美しい娘が惨たらしい目に遭う。そんでもって血とモツがいっぱい流れる。そうすりゃとにかくお客にウケる。それ以上の思い入れはまったくない。
そのシンプルな興行師魂は意外なほどカラッとした作風となって反映され、そしてそれは毒々しい色彩の絵面と奇妙な相乗効果を及ぼして、ハーシェル・ゴードン・ルイスでしか生み出せない個性となってスクリーンに現れた。
その頂点が悪趣味映画史に燦然と刻まれる、"カラッとして明るい大虐殺劇"「2000人の狂人」だろう。
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そんなこだわりのないルイスだから、一度その分野で頂点を極めてしまったら、後はささやかな成功の方程式をなぞるだけになるのも必然であった。
「血の魔術師」はルイスのキャリア最末期の作品。「血の祝祭日」で世の夜の度肝を抜いてから、もう10年近い時が流れている。
その筋ではルイス最末期の力作との評価もあり、マジシャンによる舞台上での公開殺戮という見せ場もそれなりにはあるが、しかしやはり惰性の商売との印象は免れない。

この映画の紹介文で定形となって出て来る"アッと驚くどんでん返し"も、実際に目の当たりにすれば思わずルイス本人を「おい、ちょっと校舎裏にツラ貸せ」と呼び出したくなるだろう。
そんなグダグダな延長戦的末期作も一切合切ひっくるめてこそのハーシェル・ゴードン・ルイス。
"スプラッター映画の父"。後世からの敬意を込めた呼び名や後継者たちからの熱い信奉も、晩年の彼はきっとムズ痒く受け止めていたんじゃないだろうか。

 

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2017/05/30 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

映画【猛獣大脱走】

   ↑  2015/07/26 (日)  カテゴリー: 映画・DVD
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ライオンにトラにクマにゾウ。元は野生の動物たちだ。
いったん機嫌を損ねれば、ヤクザを怒らせるよりも洒落にならない事態になるのは必定。
いざとなれば、か弱い人間を簡単に屠ってしまえる恐ろしい生き物たちを、動物園でアイスクリーム片手で呑気に観ていられるのは、そこに檻や塀という間を隔てる物体が存在しているからだ。
舞台はハイテクで管理された動物園。しかしその最先端の安全対策も、「大変だ、電源が落ちたら檻の電子ロックが全部開いちゃった!」なんて想像を絶する理由であっさり水の泡と化す。
かくして外界に放たれるのは汚染された水を飲んで凶暴化してしまった動物軍団。
前菜とばかりに動物園の職員たちを美味しくいただいたあとは、門をぶち破って夜の街へと繰り出すのであった。
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『カランバ』に『食人族』、モータースポーツドキュメンタリーの皮を被った事故シーン見世物映画『ポールポジション』など、人の好奇心や悪趣味につけこんで狂い咲いていた80年代のイタリア映画。
その源流を辿れば行き着くのは『世界残酷物語』で知られる、かのグァルティエロ・ヤコペッティ。
そしてこの『猛獣大脱走』を監督したフランコ・プロスペリは案の定ヤコペッティ人脈の人間。
編集担当のマリオ・モッラも、やはりヤコペッティ経由で、あの悪名高き『グレートハンティング 地上最後の残酷』を作った張本人たちの片割れだったりする。
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そんな香ばしい連中のこだわりはガチの生動物。
序盤、カーセックスに勤しむカップルを食い散らすドブネズミの群れに始まり、街を闊歩するゾウにチーター、トラにライオンと、すべてがホンモノ。
生ドブネズミの群れの中で悶絶しなければならない役者も大変だが、そのまま駆除の名目で火炎放射器でガチ焼かれるネズミたちもいい災難である。

夜の街中をゾウやチーターが徘徊する絵ヅラもいい味出しているが、惜しむらくはみんなしつけや調教が行き届いるのか整然と行動するばかりで、狂った動物が暴虐の限りを尽くしている雰囲気とは、およそほど遠かったりする落差だ。
狂える猛獣の役を与えられながらも、持って生まれた性格の素直さがそれを邪魔する動物をフォローするのが、ヤコペッティ映画や『グレートハンティング』で培った匠の編集技術。
実際には動物とじゃれあっているような様子も、彼らの針小棒大なテクニックにかかれば、たちまち残酷シーンの一丁上がりとなる。
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おとなしい動物を相手に、人間どもは自力で被害を拡大して、なんとかパニック映画の体裁を作ることに必死だ。
チーターの追跡から逃げるクルマは、その勢いで多重事故を引き起こし、滑走路に侵入したゾウにパニクった旅客機は、発電所に突っ込んで街中を大停電に陥れる。
そんなマッチポンプの努力を積み重ねても、狂気のかけらもないきょとんとした眼差しの動物たちの前にはすべてが水の泡。
騒動は一晩かからずに収束の兆しを見せ、DVDパッケージにも使われている怪獣映画もかくやな当時のポスター画を真に受けて劇場に足を運んだ者たちを、スクリーンの前で無表情にさせるのであった。
冒頭の引用句に衝撃のオチ、「社会の歪みは、より純真な生き物たちを狂わせる」なんてもっともらしいテーマを盛り込んでいるが、ここら辺の取り繕いもヤコペッティ以来脈々と続く連中のしょうもない伝統である。



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2015/07/26 | Comment (3) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |