ボンクラ360魂Xbox Oneとの蜜月の日々 

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【Ingress】樋口一葉「たけくらべ」の地をめぐるミッション 下

   ↑  2017/10/20 (金)  カテゴリー: Android
「私たち、近代女流文学の礎アイドルユニット、MEIJI☆閨秀Five! みんなー、ルビ振ってるー?」(いえー!)
「名門歌塾のエースにして完全無欠のお嬢様。頼れるみんなの姉貴分、三宅花圃!」(かっほねえー!)
「少女小説の元祖ににして昼メロ的ドラマのパイオニア。北田薄氷!」(はっくらーい!)
「奔放な人生ならグループ一番、ついでに人生の短さもグループ一番、田澤稲船!」(いなちゃーん!)
「女性の地位向上と良妻賢母の両立。グループきってのしっかり者、小公子、若松賤子!」(しづちゃーん!)
「そしてグループのリーダー! 泣く子も黙る5千円札、樋口一葉!」(なっちゃーん!)
「それでは最初の曲いきます! みんな知ってるよね? 『たけくらべ』。それじゃ、ノリノリで行こう!」(いえー!!!!)
♪廻れば大門の見返り柳いと長けれど(けれど!)
 お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く(ごとく!)
 明けくれなしの車の行き来にはかり知られぬ全盛をうらなひて(L、O、V、E、いっちよーう!)
 大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き(ぜったいかわいいひぐちのなっちゃん!)
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相変わらずアホなことを妄想しながらの「樋口一葉 たけくらべの地をめぐる」続き。
連れが展示されている一葉の写真を見て、「室井佑月に似てない!?」なんて問題発言を大声でかましてしまったために、(よりによってそれと一緒にすんじゃねえ!)と館内客の刺すような視線を浴びながらそそくさと記念館を後にする。
駅からルートを取ると、メインディッシュと言うべき一葉記念館を最初に回ってしまうことになるが、実はこれ結構ありがたい。
記念館には樋口家が居を構えていた頃、田んぼの真ん中に長屋が肩を寄せ合うようにして建つ竜泉の風景を再現したジオラマが展示されている。
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一葉旧居跡がある大音寺通りも、今どきの街並みとなってかつての様子を偲ばせるものは何一つ残っていないが、アタマに刻み込んだジオラマの景色を重ねると、当時の風情がなんとなく感じられてくるではないか。
吉原の喧騒を東に戴くこの地で、二軒長屋の座敷で一葉は仏頂面で帳簿をつけ、遊郭と結びついた暮らしから離れられない住民は束の間の子供時代を過ごし、信如と美登利のあまりにもスリリングな心のすれ違いが演じられたのだ。
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一葉旧居跡から西に向かって、ミッションから取りこぼされている、やはり「たけくらべ」の重要な舞台である千束稲荷神社と大音寺に寄り道してから、再びミッションルートに復帰。
吉原神社と吉原弁財天を経由して、いよいよ向かうのは吉原遊郭跡。
お歯ぐろ溝のかすかな痕跡と、真っ昼間から客引きがかしましい特殊浴場街。こちらは辛うじて往時の風景を偲ばせているんだかいないんだか。
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とにもかくにもここを通り抜けて大門を後にし、ゴールの地となるのは見返り柳。
後ろを振り返れば、あのプライドの高そうな一葉が「人さまをネタに遊ぶな!」と仏頂面で塩を撒いているような気がして、あえて見返らずにこのミッションを終えるのだった。

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2017/10/20 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Ingress】樋口一葉「たけくらべ」の地をめぐるミッション 上

   ↑  2017/10/17 (火)  カテゴリー: Android
台東区竜泉は稀代の引っ越し魔、樋口一葉の住所遍歴でもっとも重要な町。
母、妹と共にこの地に移り駄菓子屋を開いたはいいが、その生活は困窮を極め、しまいには向かいにライバルの駄菓子屋が開店し、厘刻みの値下げ合戦を余儀なくされ廃業を余儀なくされる。
そんな貧乏生活の中で見聞きし感じた遊郭の傍らの町の日常。それが不朽の名作『たけくらべ』へと花開く。
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地下鉄日比谷線の三ノ輪駅から始まる「樋口一葉 たけくらべの地をめぐる」は、一葉ゆかりの地と「たけくらべ」の舞台を回る好ミッションだ。
駅から一直線に向かうのは彼女の旧居近くにある一葉記念館。
学生時代に訪れた時は旅館風の外観だったが、いつの間にやら立派な造りに建て替えられていた。
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3階建ての2階部分は2つの展示室に分かれていて、片方が幼少時から和歌の名門サークル萩の舎時代の、もう片方は貧困の中で生活の糧に小説に手を染め、奇跡のような傑作を次々と生み出した晩年の資料。
そう晩年。享年24、彼女の人生、あまりにもぎゅぎゅっと凝縮されすぎている。
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ミッションデー甲府で訪れた山梨県立文学館で個人文献を見てちょっと気になっていたのが、萩の舎時代に知り合った先輩で、やはり近代女流文学の祖である三宅花圃との関係だ。
三宅花圃の文献もこの記念館にかなり残されていて、花圃を姉のように慕いまとわりつく一葉に対し、面倒を見つつも粘着気質な一葉にちょっと辟易していた様子が伺えて興味深い。
一葉がすでに文壇デビューしていた花圃の下を訪れ、小説の習作をしたためた経緯を報告した時の様子を、のちに花圃が随筆として残しており、これが一葉と花圃の関係や互いの距離感を簡潔に表している。
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「ある時、多分明治二十五年頃であつたと思ふがなつちゃん(一葉)が私の家にやつて来た。一時間位しなを作つては散々しねくねしねくねとした挙句、帰る時に言ひ出したのは『あの、私、貴女様の御真似を致したいのでございますけれど、あの、私のやうな者がそんな真似をしたいなどゝ申し上げるのは恥ずかしゅうございますわ……』とかなんとか言つてその日はそれで帰つて行つた」
一葉かわいい。そして結構面倒くさい。萩の舎おもしろい。士族の先輩と平民出の後輩。共に才媛と謳われしかも周りの面々も役者が揃っている。今だったらコバルト文庫の素材になりそうだ。
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良家の令嬢たちに囲まれ、大好きな王朝文学にどっぷりと浸かり、そしてその才能を周囲から早々と認められた。
萩の舎の時代は一葉にとって人生絶頂の時期だったのだろう。そしてその後の人生がつつがないままであったら、彼女は明治期の一歌人として終わっていたかもしれない。
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だが実父が他界したことにより一葉の生活は一変する。
やむなく始めたのは荷を担いで仕入れを担当する駄菓子屋稼業。しかし貧しい町での雑貨商売なんて、あがりはたかが知れている。
誰だって貧乏は嫌いだ。そして恐らくプライドが人一倍高そうな一葉にとっては、その事実は経済面の困窮以上に耐えがたいものであったのかもしれない。。
華やかだった萩の舎時代から一変した生活。粘着気味な性格ゆえに心に溜め込む泥濘も深い。
そんな暮らしの中で感じた吉原遊郭や下層民街の人々の生活や機微や心の揺れ動き。
それが天性の文才や萩の舎時代に学んだ王朝文学の素養と結びついて、あの奇跡のような名作群に昇華されたのかもしれない。
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一葉儚い、そしてかわいい。メンヘラ予備軍的な面倒くさそうな気質もいい。オレがあの時代に生きていたら絶対推しメンにしてる。
一葉、花圃、賤子、稲船、薄氷、私たち、MEIJI☆閨秀Fiveでーす、みんなー、盛り上がっていこー
……なんかアホな方向に妄想が広がってしまったが、このミッションまだとば口もいいところ。
竜泉時代の一葉の足跡を巡るミッションは、まだまだ始まったばかりなのであった。

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2017/10/17 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Ingress】狭山湖畔二社参りミッション

   ↑  2017/10/05 (木)  カテゴリー: Android
多摩湖が有名行楽地に始まり西武園ゆうえんちにユネスコ村、そして西武球場と、西武山口線(レオライナー)の沿線は、西武鉄道グループ総帥であった堤親子の夢と野望がぐぐっと凝縮された地帯だ。
ユネスコ村は廃村となり、西武園ゆうえんちも斜陽となり、屋根付きとなった西武ドームだけが唯一賑わいを見せているが、おかげでまあここは野球を見に行く以外はなんもない、なんもできない。
開場前にちょっと早く着いちゃったときなどは、もう山と気の早いライオンズファンに囲まれた西武球場前駅で途方に暮れるしかなかったのだが、しかしIngressとはありがたいもので、そんなときにミッションというきっかけがなければ、ちょっと寄ろうとは思わなかったところに誘ってくれる。
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そう、メットライフドームの反対側、ユネスコ村跡の隣には、堤義明の夢の跡がまだ一つだけひっそりと残っていたのだった。
ちなみにナイターが開場する夕方あたりには、香水をプンプンさせてハデな服を着た大陸風の若い女性たちが、なぜだかドームに背を向けてぞろぞろと山の方に向かってゆく光景が見れる。
そういえば多摩湖狭山湖周りはラブホが立ち並ぶ土地。その光景の事情もなんとなく伺えるのだが、しかしそれは堤義明とはあんまり関係ない。
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彼女たちに混じって大通りを渡りちょっと歩くと見えてくるのは狭山不動尊。
1975年建立。歴史なんかなんもない、そして"昭和の西武鉄道グループ"を体現したような寺。
「狭山湖畔二社参り」は、ここと隣にあるそれなりに歴史はあるけれど、やはり妙ちきりんな山口観音を巡るミッションだ。
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狭山不動尊はホントに変な寺だ。そこに足を踏み入れた者は、まず寺全体の統一感と、建物と周囲との整合性がまったく欠けていることに違和感を覚えるだろう。
門や廟堂など、それぞれに歴史や由緒はあるが、これほぼ全部増上寺や極楽寺など、あちこちの名刹からかき集めて移築してきたもの。
そう言えば西武ライオンズのその始まりも、田淵や古沢、山崎裕之にノムさんなど、ビッグネームをあちこちからかき集めて揃えた陣容だった。
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広い境内に建物がハイブリッドに散在する様は、ありがたいお寺というよりも、むしろ寺風テーマパークとでも表現すべきで、あいにくと立ち入り禁止だった羅漢堂なんかはヒドいもんで、何を考えているんだか敷地いっぱいに灯籠が、まるで都市経営シムの効率プレイみたいにびっしりと敷き詰められている。
指定されたポータル数は多いが、大半が密集しているので回るのはまったく苦ではない。
そのポータルにも、中には「灯籠ぽいもの」などと投げやりな名前が付けられている始末で、これなんかは名刹のポータルではほぼありえない光景だ。
ついでだけど、「ぽいもの」って促音抜きの表記、なんか黒木香の「SMぽいの好き」以来久々にお目にかかったな。
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境内を周りながら「まるでアレな資産家がカネにまかせて田舎の敷地にムリヤリ建てた、お宝系セルフテーマパークみたいだな」なんて感想を持ったのだが、よくよく考えてみれば、まるでどころか実際ほぼその通りで間違いなかったりする。
ミッションの後半で巡る隣の山口観音も、本堂にマニ車を有するこれまたハイブリッドで妙な寺で見どころは多い。
ミッションメダルのつぶらな瞳の白馬は、ここの門前にある新田義貞の愛馬だ。
なにせ狭山不動尊は西武の一味なので、お賽銭とロッテの必勝祈願は当然こちらへ。
「酒居が完封して20点くらいとって勝ちますよーに!」


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ありがとう観音様、ロッテ勝ったよ!
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2017/10/05 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Ingress】ぶらりポータルの旅 幻の東京スタジアム編

   ↑  2017/09/26 (火)  カテゴリー: Android
ジャイアンツのような全国区球団でなく、東京という地方を代表するプロ野球団は東京ヤクルトスワローズ。
しかしスワローズが球団名に東京の冠をつけるはるか以前に、東京を名乗ったチームがあった。
我らが千葉ロッテマリーンズの前身、東京オリオンズだ。
その本拠地は荒川区南千住に位置したその名も東京スタジアム。
辺りが暗い中、夜にナイター用の照明が煌煌とする様は、"光の球場"の異名をとったという。しかしかし親会社である大映の経営悪化に伴い、球場は1972年に閉鎖。オリオンズは本拠地を持たないジプシー状態を続けた後、川崎球場を経て今の幕張に落ち着く。
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この東京スタジアム、MLB球場に倣った諸設備やスロープ構造のスタンド、地下にボウリング場や冬季にはスケートリンクまでも備えた、当時としては飛び抜けてモダンな球場であったそうな。
そんな最先端のエンターテイメント施設が下町丸出しだった頃の南千住のド真ん中に。さぞや目立った存在だったろう。
東京スタジアム跡地へは、南千住駅を出たらまず北へ"荒川南千住五郵便局"ポータルを目指し、その交差点を西へ。
"蝶"、"カエル"なんて適当極まりない名前のポータルを経由して真っ直ぐずんずん歩いてゆくと、南千住警察署を真ん中に都営住宅と荒川総合スポーツセンターが並ぶ一角に辿り着くだろう。
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往時を偲ばせるものはほとんど無いが、とにかくここが幻の東京スタジアム跡地。
大エース小山正明、孤高の天才打者榎本喜八、黄金ルーキー山崎裕之、アルトマン、有藤、醍醐、前田益穂ら錚々たるメンバーが毎夜躍動し、誘蛾灯ならぬ照明塔につられて下町中から集まってきた気取らない観客たちが、それにヤジと声援を飛ばしていた夢の砦があった場所だ。
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最新鋭であると同時に、下町の真ん中にムリヤリ建設したためか、めちゃくちゃ狭いことでも名を馳せていた東京スタジアム。
上のスキャナ図で緑CFの間にぽっかりとある一角が球場のあったところだが、たしかに狭い。
敷地自体が手狭なために外野スタンドに膨らみを設けることができず、ホームランがぽんぽん飛び出したらしいが、グルッと回りを歩いてみればそれも頷ける話だ。
オリオンズの監督になったカネやんは「こんな狭いとこで野球できるか!」と、投手出身者らしくブチ切れたらしいが、むしろ今の極貧打マリーンズに必要なのは、こんな荻野貴司でも確実に二桁くらいホームラン打てそうな球場ではないだろうか。
もっともよくよく考えてみれば、相手チームに毎試合10本づつくらいホームラン打たれるのが関の山かもしれないが……。
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跡地の一角は軟式野球場になっていて、そこがプロ野球団のホームスタジアムであったことをかろうじて偲ばせる(もっともこの草野球場と東京スタジアムに直接的関連はないが)。
"南千住野球場看板"と名付けられたポータルのキーを、代理として野球場ポータルコレクションに加え、「ここがずっと本拠地だったら幕張より通うのが多少楽だったろうなー」などと思いながら、今は夜でもひっそりと静まり返った跡地詣でを切り上げるのであった。

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2017/09/26 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【Ingress】ぶらりポータルの旅 千住汐入~山谷編

   ↑  2017/09/17 (日)  カテゴリー: Android
かつてはこれぞ東京のダウンタウンのイメージが強かった南千住。
広大な貨物駅敷地が大胆な都市開発を阻んでいる土地事情もあるのだろうが、それでも駅の周囲は平成以降次第に洗練され、JR口を出た東側にはドナウ広場と名付けられた小洒落た一角が広がっている。
隅田川をドナウ川に例えるのもなんとも大それた話だが、まあこれは荒川区とウィーンとの友好都市提携に由来があるらしい。
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それに駅前から北を向いてみれば、隅田川南岸沿いにはズラッと新しめのタワーマンションが立ち並んでいる。
そして駅とマンション地区の間にはいまどきの大型商業施設。
歩くのは幸せそうなベビーカーの家族連れ。点在するポータルは公園や街角のまだピカピカでおしゃれなオブジェ。
グランド・セフト・オートに例えると、主人公が最初にねぐらを構えるような街だったのが、変われば変わるもんである。
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しかし幾本にも入り組んだ線路を越えて少し南に下ると、その雰囲気はガラッと変わる。
荒川区と台東区のボーダー。かつて山谷と呼ばれた一帯。
ここを構成する簡易宿泊所も、今はその多くが外国人バックパッカー相手の商売に変わってるが、中心部に近づくにつれ昔ながらのドヤもまだ多く姿を残している。
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タワーマンション地帯の汐入地区から山谷にかけての変化は、スキャナ上でも一目瞭然だ。
彫刻やら花壇やらハイソなポータルが乱立する汐入地区に対し、ちょっと線路を越えればそこは都内とは思えぬくらいポータルがすっかすかの過疎地帯。
一面黒抜きのスキャナにたまに映るのは、ローソンか申し訳程度に造られた公園のポータルだけだ。
もちろんいずれのポータルでも、濃いおっさんたちが真っ昼間から酒盛りをしているのは言うまでもない。
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いくら無遠慮で厚かましさには定評のあるIngressエージェントたちも、さすがにその横でスマホをポチポチやるのは憚れる雰囲気だ。
シャードゴールにみんなで集まっていたら、炊き出しと勘違いされそうだ。こういうとこでアノマリーを開けば色んな意味で面白そうではある。
ポータルの分布、それはその土地の事情や地勢や歴史や社会を写す鏡。そんなことを教えてくれる南千住南北ポータル情勢だ。

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2017/09/17 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |