ボンクラ360魂Xbox Oneとの蜜月の日々 

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【HALO: The Master Chief Collection】パッケージの必然性

   ↑  2014/11/15 (土)  カテゴリー: XBOX ONE
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Xbox 360やPS3の後期は、ゲームソフトをパッケージで販売する形態の最後の悪あがきだったような時代なのだろう。
そのせいかこの時期には、主だったゲームにやたらと限定版パッケージが登場した。
中には初回限定版しか存在しないソフトやら、限定版の方が通常版より流通価格が安いソフトなんてのもある始末で、この特別版パッケージ商法は、あっという間に飽和状態。
『HALO3』のスチールケース入り初回限定版なんてのが出ていた頃は、まだそれなりにありがたみがあったものだが、似たようなパッケージがどんどん出るに連れて、しまいには「場所を食うし出し入れしづらいから、普通のパッケージの方がありがたいよ」なんて思うようになってしまった。

しかしゲーム機が代替わりした今では、ダウンロード販売の方が完全に主流となり、利便性に乏しいパッケージ版は物好きが買うモノみたいな扱いだ。
我々の世代でマニアックなホビーを持つ者は、コレクター的な資質を多かれ少なかれ持っているのだが、そんなコレクションを手元に揃えて悦に入るような性質も、モラトリアム期のようにある日ポロッと卒業してしまうものらしい。
オレも最近は溜め込んでいた音楽CDや古いゲームソフトの大半を、えいっとばかりに処分してしまった。
今後パッケージを買う行為によって満たされる欲求も、大幅に減少してくるのだろう。

幸いなことに、市場縮小により身近でゲームソフトや音楽CDを扱っているような店は、ここ数年で著しく減った(360が出た当時には、自宅の近隣に8軒ものゲーム専門店があったのだが、今ではすべて廃業してしまった)。
ちょっと店によって棚を物色するなんてことも、やろうと思ってももうなかなかできない。
よし、これを機にオレは、モノに縛られず執着しないゲームライフを歩むのだ!……と、歯切れよく言い切れないのは、きっとオレの断捨離スピリットがまだまだ過渡期にあるからなのだろう。
そんなもんしょせんはデジタルデータだ、と割り切りたくてもムリな存在だってある。オレがHALOと共に歩んだ12年の歳月とその思い出がそうだ。
Xboxユーザーの歩みは常にHALOとあった。そのこってりと濃い12年の歴史が詰まった集大成パッケージ『HALO: The Master Chief Collection』は、どうしても手元に飾っておきたい大切な記念品である。
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もしこれが360時代であれば、アートワークやら何やらを同梱した仰々しいパッケージになっていたとろこだろうが、この『HALO: The Master Chief Collection』は、とてもシンプルなパッケージングだ。
しかしそのシンプルな外観に包まれた、たった一枚のディスクの中には、12年分の歴史とプレイヤーそれぞれの喜怒哀楽が凝縮されている。
そのパッケージを手に取り眺めているだけで、様々な感慨にふけってしまう。世の中には断捨離の心だけでは処理できない、単なる物欲の果てとは違う大切なパッケージだってあるのだ。
このパッケージ版、アマゾンさんのご好意により、オレの手元には発売日から2日遅れた今日のついさっき、やっと到着した。
だからダウンロード版にしとけばと諭す向きもあるだろうが、これのおかげで4500にも上る総実績の中で真っ先に解除した記念すべきアチーブメントが、HALO第一作目の発売日15日にちなんだメモリアル的なものになったのは、Konozamaのケガの功名と言えるんじゃないだろうか。



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【HALO: Reach】絶望と希望の戦場

   ↑  2014/11/11 (火)  カテゴリー: XBOX 360
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惑星リーチ。スパルタンノーブルシックスの体を借りて、オレは久方ぶりにこの古い地球のような風情を残す星にいる。
人類とコブナントの戦いで、もっとも悲劇的な戦場を再体験するため。そしてもう一つ、ささやかだけど、とても重要な役目を再び果たすためだ。
一連の『HALO』関連作の中で、正編シリーズの補完的役割を担うこの『HALO: Reach』をベストに挙げる人も多い。かくいうオレもその一人だ。
原野、峡谷、市街地に屋内戦、さらにはスペースコンバットやヘリコプターのパートなど、変化のついたステージがバランスよく配置されたキャンペーンの構成。
そして対戦のみならず、ファイアファイトやCo-opといったマルチプレイの形が、整理され洗練した姿となって、しっかりと確立されたのもこの『Reach』からだ。
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そして『Reach』は、これ以上はないくらい八方塞がりな物語でもある。
そのキャンペーンは負け戦の追体験。夜襲の成功やCSO級大型空母の撃破といった快事も、コブナントの迅速かつ圧倒的な侵攻の前には、象の足に蟻が噛み付いた程度のことでしかない。
一人称視点ゲームの幕間に三人称視点のムービーが挿入されるのは、なにかと賛否両論のある演出だが、少なくとも『Reach』におけるそれは成功を収めている。
ステージの始まりや終わりに拝むことができる我がスパルタンノーブルシックスの姿。
コブナント軍が大飛来する空や、攻撃によって燃え上がる都市を静かに眺めるその様子は、この突破口がどこにも見当たらない絶望の戦場を象徴するかのようで、とてもせつなく印象的だ。
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そう、プレイヤーは最初からこの戦いが徹底的なまでの負け戦であることを知っている。
惑星リーチが陥落したことは、我々の時間軸の中では、とっくに既定の事実だった。
それなのになぜ抗うのか? その答えはキャンペーンの終盤でドラマチックに押し寄せる展開によって明らかにされる。
それは戦艦オータムと環状惑星から始まる長い長い戦いの始まり。『HALO: Reach』はそのプロローグであり、そしてプロローグの枠には収まりきらない物語。
もうすぐやって来る、Xbox Oneで蘇ったマスターチーフの壮大なサーガに希望の糸を託すために、オレのスパルタンノーブルシックスはリーチの絶望的な戦場を駆ける。
そしてすべての役割を全うしたとき、オレのスパルタンノーブルシックスは再びこの星に踏みとどまるのだろう。あとはすべてを任せたぜ、マスターチーフ。



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2014/11/11 | Comment (4) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【HALO 2】XBOX LIVE の夜明け

   ↑  2010/10/10 (日)  カテゴリー: XBOX
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HALOはXBOXのフランチャイズ。だからその内容も、XBOX の進化と共に歩んで行く。
XBOXがオンラインサービスであるLIVEを実装したのは、本体発売から約1年後の2003年のことであった。
しかし初期段階のそれは、月額にはあまり見合わないような内容であった。
最初期のラインナップは、『Whacked! ギリヤバ!乱闘パーティーテレビ!』 に『ファンタシースターオンライン』。そしてLIVEキットに同梱されていた『頭脳対戦LIVE』(麻雀、将棋、囲碁、リバーシの詰め合わせ)。
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この頃のLIVEは、対戦相手を探すだけで本当に一苦労で、Whacked! は北米のコアタイムに繋げばなんとか。頭脳対戦LIVEは麻雀が辛うじてという有様。
その後にぽつりぽつりと登場した対応タイトルなんかは、もっと悲惨で、特に国産系のタイトルなんかは、人が居るところにお目にかかったことがないようなゲームばっかだった。
そらそうだ。『マズルフラッシュ』』を遊ぶような奇特な人がそうそう居るとは、とても思えないもんな
そんな状況を救ってくれるのは、やはりあのタイトルしかない。一作目には無かったオンライン対戦を実装して、きっとあれが戻ってきてくれる筈だ。
そんな期待を一身に背負って『HALO2』が遂に登場したのは、LIVEサービスのスタートから1年半以上が過ぎようとしていた2004年のことだった。
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『HALO2』。今となっては、シリーズ中の鬼っ子的なポジションに位置する作品である。
三部作のキャンペーンストーリーの迷走は、この2から始まったと言ってもいいだろう。
前回で明らかに何度も死んでる筈の奴が、当たり前の顔をして登場し、マスターチーフ以上にでかい面をした挙げ句、チーフと一緒に勲章を受勲するオープニングから、なんとなく嫌な予感はしたけれど、まぁこういう「細けえことはいいんだよ」的な展開は、別に悪くない。
目に付くのは、舞台が目まぐるしく移り変わることによって生じる、ストーリーの散漫さだ。
宇宙コロニーでのスペースオペラ風戦闘から始まって、地球に舞台を移しては「ブラックホークダウン」を思わせる現代市街戦に移行し、さらには第二ヘイロー。
舞台が移るごとにその趣をがらりと変える戦闘は、まるで細切れの短いFPSをオムニバスでやらされているような気分になってくる。
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そして2の最大の問題点は、コブナント側の視点でも物語を進行させてしまったことだろう。
謎だらけのコブナントの生態や文化。そしてそれ以上に謎と神秘に満ちたフォアランナー。一作目が残したこれらのわくわくさせるような設定も、人間にも分かるように「ローカライズ」された言語を話し、地球人と変わらないようなメンタリティで行動するコブナントたちを描いたことで台無しになってしまった。
コブナント側の戦う理由、理念というものは、あくまでも人間側、マスターチーフの視点から解きほぐして行くべきものだったのじゃないだろうか。例えそれが誤解や曲解の入り交じったものであっても。
この2でのコブナントの立場や行動原理は、まるで安手のアクション映画に出てくるイスラムゲリラのそれだ。
一作目で描かれた遠大なSF超大作のイメージは、これで一気に萎んでしまい、結局この流れは修正の利かないまま、3に引き継がれていってしまう。
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だけど実は、こんなマイナスの部分が目に付くようになってきたのは、最近のことなのだ。
これが出た当初は、常に人でひしめくオンライン対戦の面白さに脳汁が沸騰しまくっていて、そんなキャンペーンストーリーの粗に気付く暇など無かった。
キャンペーンに限って言えば、確かにこの2は鬼っ子であるが、しかし我々が初めてXBOX LIVE上で体験した一大マルチ対戦は、キャンペーンモードの存在をまるまる覆い隠してしまったのだ。
さらに同時期に『カウンターストライク』や『スターウォーズ・バトルフロント』、或いは『コンカー』などの、常時人が居るマルチ対戦ゲームが立て続けに登場し、サービス開始から約2年にして、XBOX LIVEは遂に開花したのであった。
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頼りになる武器、バトルライフル。そのバトルライフルと対を為す、これまた使い勝手の良いコブナントカービン。威力を増したニードラー。
そんな武装の進化も印象深い。特にバトルライフルは、それを初めて手にしたとき、「もうこれを一生離すもんか」と思わず頬ずりしたくなるほどであった。
もっともこれの登場で、以後の作品でアサルトライフルが一気に要らない子になっちゃったんだけど(一作目で使えないという印象がなかったのは、やはりフラッドの素体が大量出現するパートで頼りになったからだろう)。
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グラフィックは前作から大幅に進化しているのだけど、舞台が目まぐるしく移り変わるためか、前作のヘイローのような、息を呑むほど美しく壮大な風景が見当たらなかったのは残念だ。
当時は全く印象が薄かったキャンペーンストーリーだけど、一つだけ強烈だったのは、やはりあのブツ切りのエンディングだろう。
「え、これで終わり!?」
肉厚のXBOXコントローラーを握りしめながら、思わずそんな言葉を発した人も多かった筈だ。
もっともそんな釈然としなさも、その直後にLIVEのオンライン対戦に突撃すれば、あっという間に消し飛んでしまったんだけどね。

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2010/10/10 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【HALO】全てはここから始まった

   ↑  2010/09/27 (月)  カテゴリー: XBOX
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『HALO: Reach』のエンディングロールが全て流れ終わった後、居ても立ってもいられなくなって、押し入れから『HALO』の一作目を引っ張り出し、それをReachのディスクと入れ替えに360本体に押し込んでいた。同じ気持ちになった人も多かった筈だ。
俺ことスパルタン・ノーブルシックスがバトンを託した物語の続き。
コルタナとスパルタン最後の生き残りを乗せた戦艦オータムは、あの宇宙に浮かぶ指輪のような環状惑星ヘイローへと向かう。
もっとも8年前、初めてこの一作目のイントロダクションに立ち会ったときは、ここに至るまでの重たい歴史や展開など知る由もなかった。まぁ当たり前のことだけど。
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この栄えある初代HALOが発売された当時、日本国内でのXBOXはタマ不足に喘いでいた。
期待していた海外ゲームは、せいぜいEAのスポーツもの程度。後は『斬・歌舞伎』だの、『マジデスファイト』だの、『メタルダンジョン』だの、ドリキャス市場から逃げてきたハンパなギャルゲーだのと、国産ゲームのダメなとこの吹き溜まりのような有様。
そりゃ『ジェットセットラジオフューチャー』や『サイレントヒル2』など、面白いゲームも確かに在りはしたが、それってみんな焼き直しか移植だし!
そこに鮮烈に登場した『HALO』は、まさにXBOXユーザーの救世主であったのだ。
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とは言え、手放しで諸手を挙げて歓迎したわけではない。その頃の俺は、まだ家庭用機で(コントローラーで)FPSを遊ぶことに対して非常に懐疑的だった。
ニンテンドウ64にはゴールデンアイのような傑作FPSがあったけど、それでも64コントローラーでの操作は、マウスとキーボードに慣れた人間からしたら不自由極まりないものだった。
しかしHALOは違った。それは絶妙な照準アシストや、XBOXコントローラーに搭載されたアナログスティックの優秀さによるものが大きかったのだろうけど、とにかく手に馴染んで取り回しも自在なHALOの操作性は、「マウスじゃなきゃFPSなんて遊べねえよ」なんて固定概念を覆すには充分過ぎるくらいだった。
それどころか、マウスには無いトリガーを引いた確かな手応えがある。照準は、そりゃ確かにマウスに比べれば不自由だけど、これくらいの不自由さがあったほうが、むしろ銃器を取り回しているような気分になれるじゃないか。
こうなると、むしろマウスでの照準が、ただの味気ないカーソル合わせに思えてきてしまう。
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シールドという概念。ヘッドショットの重要性。そして個性豊かな武器やビークルの数々。そんな独自性も、HALOの魅力に確かな厚みを加えていた。
今ではプラズマガンやニードラーなんて勝手知ったる武器だが、当時初めてこれらの武器を拾い上げたときの、おっかなびっくりした感覚は今でも印象に残っている。
そして怖々ニードーラーを使ってみて、「何、この訳の分かんない武器!?」と慌てて捨ててしまったりもしたっけ。
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後々にマスターチーフ以上の名物となるこのおっさんも、一作目の時点ではまだ名もない”他よりちょっと目立つ死にキャラ”程度の扱い。
後々の作品でこのおっさんに再び出くわし、「何でお前生きてんの?」と思わず声を荒げた人も多いだろう。
前半のコブナント陣営との分かり易い対決の構図から一転。ヘイロー内部に突入すると、コブナントが自軍とは明らかに違う敵たちと交戦した痕跡を目の当たりにして行き、徐々にホラー的な雰囲気を増していく中、ついに恐怖のフラッドさんたち登場という、サスペンスフルな流れも印象深い。
あ、それと、フラッド登場を機に、いきなりシリアスサムライクになってしまう、ちょっといびつなゲームバランスも。
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でも、何よりも一番鮮烈だったのは、初めてヘイローに降り立った時(まぁ降り立ったと言うか、墜落したわけだが)に目の当たりにした、ヘイローの風景のあまりの美しさ。
息を呑むグラフィックとは、まさにこの事だったろう。当時の家庭用機ゲームの常識を覆す、圧倒的なグラフィック美が、そこにはあったのだ。
「コブナントの降下艇が接近」
そんなコルタナの警告にも耳を貸さず、しばらくの間ぼーっとしながら、あちこちの景色に見とれてしまっていたっけ。

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2010/09/27 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |

【HALO: Reach】8年分の感謝

   ↑  2010/09/26 (日)  カテゴリー: XBOX 360
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やる前は、「HALOは今までにたらふく食ったし、さすがに今回は無理してやることも無いかなあ」なんて思ったりもしていたけど、いざキャンペーンを終えてみれば、流れるスタッフロールに心の中で拍手しつつ「ありがとう」と言っていた。こんな気分にさせてくれるゲームも久しぶりだ。
このReachに対する充足感も勿論だけど、その上に8年越しにも及ぶこのシリーズとの長い付き合い。そしてそれが一つの区切りをつけたことなどが相まって、何とも言えない深い感慨に包まれた。
先代から始まったXBOXとの付き合いは、言わばHALOとの付き合いであった。
”黒船”という異名とは裏腹に、しょっぱい国産ゲームしか出ていなかった旧XBOXの初期に、鮮烈に登場したビッグタイトル。
それは世界規模に於いても、今まで見なかった”家庭用機初のFPS大作”として、特別な意味を孕んでいた。
HALOが出るまで、我々は家庭用機のコントローラーでFPSをバリバリ遊ぶことなんて、考えもしなかったのだ。
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そしてReachは、そのHALOサーガの最後を飾るに相応しい傑作であった。
トータルの完成度や、三部作より一段とシリアスさを深めたストーリーは言うに及ばずだが、それ以上に心に残ったのは、HALOというブランドを変えることなく、さらにそれを磨き上げようという意識の高さだ。
初代のHALOが登場してから、もう既に8年以上の月日が過ぎ去った。
その長い年月の間にFPSのトレンドは何度も移り変わっていったが、2、3と続いたHALOは頑なにそのスタイルを変えなかった。
一作目の時点ではそれほど違和感がなかったふわふわした挙動も、今では相当奇異なものになってしまったが、Bungieはあえてそれに手を加えなかった。
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ワートホグに代表されるビーグルの操作性なども、他のシリーズであれば真っ先に手が入ったであろうが、以後のシリーズ作でもそれはほぼそのままの形で継承されている。
そこにあるのはHALOブランドに対する絶対の信頼感だ。何と言われようと、ワートホグとはこういう乗り物なのだ。
受け止める我々の側だって、もしワートホグの操縦が分かり易く平易なものになっていたら、「こんなのワートホグじゃない!」と声を上げていたことだろう。
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スターウォーズがフィクションを飛び越えて一つの神話、歴史となったように、8年越しに繰り広げられたコブナントとの戦いも、もはや我々の中では既定の歴史となった。
そんな長い年月の重みがあるからこそ、今後いかにFPSのトレンド潮流が変わり、どんなに優れたFPSが現れようと、HALOシリーズが築いた価値は一切揺らぎはしない。
そのHALOシリーズの(とりあえずの)最後を飾る作品に、スパルタン・ノーブルシックスとして己の分身が関わることができたのは、この上ない喜びだ。
そしてReachで描かれた重厚な物語は、戦艦オータムと共にあの環状惑星に繋がっていく。そのオータムに乗り合わせたスパルタンチーム最後の生き残りは、もちろんあの男。
マスターチーフにこのサーガのバトンを渡したのは、他ならぬプレイヤー自身であったのだ。
Bungieも最後の最後で、実に憎いことをやってくれたものだ。8年分の感謝を込めて、ありがとう、Bungie!

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2010/09/26 | Comment (0) | Trackback (0) | ホーム | ↑ ページ先頭へ ↑ |
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